ああうざいうざいうざいうざい。鬱陶しいったらありゃしない。ちらちらこっちを見てくる奴はまだいい。声をかけてくる奴、付いてくる奴は邪魔で仕方がない。女って生き物は一体全体どうなってんの?






「…どっと疲れた…」

俺がヒンバスだった頃は、誰も俺を気にしたりしなかった。いや、視線を向けてくる奴はいたけど、それは今みたいに熱を孕んだものじゃなく。寧ろ冷ややかなものだったのに。こんな事なら、やっぱ進化するんじゃなかったな、と後悔。とにかくさっさと帰ろう、と角を曲がった時だった。


「きゃ、!」


ぼすん、とぶつかった小柄な体は女のもの。俺は咄嗟に倒れかけたその体を引き寄せたけど、ちょっと悩んだ。ああ、また面倒になったら。

女は不思議そうに、顔を上げる。左目には、眼帯。

「…ちょっと、アンタ大丈夫?」
「あ…、ごめんなさい、なの」

大丈夫そうだし、と俺は女から手を離した。ふわ、とケープが揺れる。赤い瞳が、俺を見上げた。

「…男の人?声が低いし…、すごいの、やっぱり男の人は力持ちなのね。助けてくれて、ありがとう、なの」
「…は?」

男の人、ってのを疑問符を付けて、言った?言っとくが、俺は女顔な訳じゃない。

「あの、聞いてもいい?ここ、どこなの?わたし、目が見えなくて…、人とはぐれて、困ってるの」



それが、俺とあすたの出会いだ。













「…甚三紅…、難しい名前なの」
「ん…、甚とか呼ばれてる」

俺の目の前でさっき思い切り転びそうになったあすた。心配にも程があるから、手を引いてやっている。だからか、鬱陶しい女達も寄ってこない。気楽。

「…ねぇ甚、何だか、見られてる気がするの」
「あー…、放っとけば?」

きょとん、と首を傾げるあすたに俺はそう返す。あすたはもう少し行った所で、連れとはぐれたそうだ。

「…連れ、どんな奴?アンタ、目が見えないなら俺が探すしかないし、特徴は?」
「多分、大丈夫なの。ナナシが近くにいたら、すぐ気付いてくれるの」
「…そんなもん?」
「ナナシはわたしを見つけるの、上手なの」

本人がそう言うなら、まぁいいや。俺は前に向き直る。


「…ナナシも、甚も、いい人なの」
「…俺も?」
「うん…、甚は、すごく優しい人なのね」

あすたは笑って俺を見上げる。…あすたは、俺の顔が見えないんだ。つまり、俺の言動からだけでそう言っている。何だか、そういうのは、嬉しい気がする。



「あすたさん!」



ぼんやりしていた俺の意識が、その声で現実に引き戻された。こちらに駆け寄ってくる女が一人。

「…ナナシ、よかった…、やっぱりここにいたの」
「あすたさん、よかったです…、心配しました。すぐに発見できず、申し訳ありません」
「大丈夫なの、甚が助けてくれたから」
「甚?」

目を瞬かせて、こちらを見てくる女。なるほど、こいつがナナシらしい。

「…貴方があすたさんを連れて来てくださった方でありますね。ありがとうございました」
「別に…、暇だったし」

そう言って、俺はあすたの手を離した。あすたの右目が見上げてくる。

「…じゃ、帰る」
「あ…、待ってなの」

つい、と俺の服が引かれた。振り返ると、あすたが俺の服を摘んでいる。

「ちょっと、しゃがんでほしいの」
「…こう?」

あすたの視線に合わせる様に膝を折ると、あすたが両手を俺の頬に添えた。顔を近付け、あすたがじっと見つめてきて。小さな手は、俺の顔を確かめる様に触れてくる。


「…甚、すごく美人さんなの。触っても分かる…、だから、あんなに見られてたのね」
「…分かるもん?」
「分かるの、それに、これ位の距離なら何とか見えるし…」

くすくす、とあすたが小さく笑う。かっこいいだの何だのと言われるのは煩わしいだけだったのに、あすたに言われるのは別に平気だった。

「甚の顔、ちゃんと覚えたの。…また会えたら、もっとお話したいの」
「…では、あすたさん、行きましょう。皆さんが待っていますから」

うん、と頷き、あすたは俺から離れた。あすたの手を引いて歩いていくナナシサンが、途中で俺に頭を下げる。



…疲れた。疲れたけど、こんな日も、たまには悪くない。



アマリリスにフリージア



それからしばらくして、俺は湊サン達と出会う。あすたにも再会したけど、湊サンのグループにあすたがいないのは、少しだけ、残念だった。





甚とあすたの出会いの話。
あすたが顔を気にせず接してくるのが、甚は嬉しかったっていう捻りもないブツが出来上がりましたw
二人が仲良しならオイシイんじゃね、という突発的衝動に任せて一気に執筆。
ちなみにアマリリスの花言葉が「内気な少女」で、フリージアが「親愛」。



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