「ねーちゃん」

こんこん、と部屋に響いたノック音と弱々しい声に、リムセはそっと目を開いた。

まだ少しぼやけた視界の中、リムセは時計を見やる。針は既に日が変わってしまった事を示しており、リムセはそんな時間に訪問者が起きているのに驚いた。

「…ピリカ?」
「うん」

返ってくる声には、やはりいつもの元気はない。リムセはベッドから抜け出し、夜中だから、とそっと部屋の扉を開けた。廊下に立っていたピリカは不安そうに瞳を揺らめかせて、姉を見上げる。リムセはそんな彼に視線を合わせるためにしゃがみ込み、子供らしい柔らかさを持った頬に触れた。

「…どうしたの、ピリカ?」
「…ねーちゃん」
「うん…、何?」

ねーちゃん、と再びピリカは小さく呟く。その声はか細く、震えている様にも聞こえた。リムセは小さく首を傾げていたが、静かに弟の言葉を待つ。


「ねーちゃん、は」
「うん。」
「…ねーちゃん、だけは、どこにも行かないで」


ピリカの大きな目には涙が浮かんでいた。それを隠す様に、見られない様にしたかの如く、彼はリムセにぎゅっとしがみ付く。リムセはきょとんと目を瞬かせていたが、少しの間を置いてピリカの柔らかな髪を撫でた。

「…怖い夢、見た?」
「…うん」
「…怖い夢見たらね、お姉ちゃんに教えて。お姉ちゃんが、ピリカの事、守ってあげるから、ね」

リムセはピリカを抱き上げて、音を立てない様に扉を閉めた。そして、そのままベッドに向かう。

「…ピリカ、またおっきくなった?」
「…そうかな」
「うん…、前より重い、気がする」

幼い姉弟はベッドに潜り込み、手を繋ぐ。いつだって、二人はそうしてきた。

「…どんな夢、見たの?」
「…お母さんと、お父さんがいた」
「うん」
「ねーちゃんも、いてね、それで」
「それで?」
「…お母さん達、が、ねーちゃん、連れてっちゃうんだ」



待って、と叫んでも、涙を零しても、二人はピリカの大好きな姉の手を引いて行ってしまう。ピリカが転んでしまった時に、リムセは振り返って、


「ばいばい」



そこで、ピリカは目が覚めた。寝汗でぐっしょりと濡れた髪が、張り付く服が気持ち悪くて、同時にとても寂しくなって。ピリカは何かに背中を押されたかの様に、部屋を飛び出したのだという。


「ねーちゃん、ねーちゃんだけ、ねーちゃんだけでいい。他は、何もいらないから、ねーちゃんだけは、おれとずっと一緒にいて…!」


ぽとり、と零れた涙が、シーツに吸い込まれて染みになる。リムセは涙の跡を指で拭ってやり、泣きじゃくる弟をそっと抱き締めた。

「ピリカ」
「…うん」
「…大丈夫、大丈夫だから、もう、泣かないで。一緒にいるから…、ね」


それは、自分へも向けた言葉だったのかもしれない。二人の両親は、亡くなっている。その時、リムセは泣かなかった。否、泣けなかった。

自分は、姉だ。弟を守らなくては、自分が何とかしなくては。

当時、リムセは今よりも更に幼い少女だったのにそう思った。ひやりとした弟の手を握ったまま、思ったのだ。


「…ねーちゃん」
「うん」
「おれね、強くなるよ。ねーちゃんよりおっきくなって、強くなって。今度はおれが、ねーちゃんを守るから」


だから、泣かないで。


ピリカの指がそっと、リムセ自身も知らない内に彼女の目から溢れた涙を拭う。

その夜、リムセは両親が死んでから初めて泣いた。



静かな絶叫



それから数年経ち、ピリカはリムセより背が高くなった。まだ、周りの皆と比べれば弱いかもしれない。それでもピリカは、あの夜の誓いをずっと覚えている。

「ねーちゃん」
「…何?」
「おれが守るよ、ねーちゃんの事、ずっと守るから」
「…どしたの、急に」
「んー、口に出したかっただけ」
「…?」

そして、あの夜にリムセが零した涙も、彼女の声無き叫びも、ピリカの脳裏に焼き付いたまま、ずっと、





本当は弱いのに、それを隠すリムセと、それを知っているからリムセを守りたいと願うピリカ。
…これ何歳の頃の二人でしょうね?(^q^)
まぁ、でもリムセには彼氏ができたので…、うん、頑張れピリカ…!



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