▼月一のあれのお話



「…った」

ずくん、と下腹部に襲い掛かる痛み。どろりとした嫌な感触。

「……あーあ…」

見てみれば、案の定真っ赤な染みができあがっている。朝から最悪、とぼやきたくなるのを堪えて、吹雪は汚れたシーツをひっぺがした。敷き布団まで到達していなかったのは不幸中の幸いである。立ち上がると貧血のせいかくらり、と目眩がした。

「……染み抜き、しないと…」

自分が女である事に不満はない。毎月やってくる症状に困る事はあるが、恨み言を言う気はない。ただ、自分にこの月一の現象が必要なのかは甚だ疑問であった。せっかく用意されたゆりかごも結局、毎月毎月吐き出されてしまうのだ。血涙というものがあるが、この出血はゆりかごのそれなんじゃないか、と吹雪は考える。ああ、血が足りない。吐き気がした。だからこんな変な考えに至るん、だ。





「吹雪お前、顔色悪くないか」

ひょい、と自分の顔を覗き込んでくる悪友に、吹雪は思わず目を瞬かせた。

「何で」
「何でってお前」
「目が死んでるぞ」
「え」

もう1人の友人にまでそう言われてしまい、吹雪はうーん、と首を捻る。薬を飲んでくればよかったかもしれない。我慢できる程度だが、やはり今も痛みは続いていた。次の授業は体育なのだが、大丈夫だろうか。少し悩んだものの、吹雪はいつも通り笑ってみせる。

「大丈夫だってばさ。今日も華麗にシュートを決めてやんよ」
「お前いたらほんと試合が終わる気がしない」
「体力馬鹿が揃うとろくな事がないな…。何回延長戦にもつれ込めば気が済むんだ?」
「だってさー」
「ああん?んだこらインテリ」
「あ?何だ単細胞」
「こーら、メンチ切り合うな」

ばちばちと火花を散らす2人に笑って、吹雪はたん、と階段を降りる。瞬間、どぷ、と血が溢れて、気持ち悪いと思った。一瞬意識が白くぼやけて、頭がぐらぐらする。体が重い。


「…吹雪!」


ぱしり、と両腕を捕まれて、吹雪ははっとした。前へ倒れ込みそうになっていた体がぐい、と引き戻される。

「お前、やっぱ体調悪いんだろ」
「…えーああ、うん。最良とは言えないね」
「休めよ馬鹿!保健室!」
「馬鹿はお前だ、騒ぐな。…吹雪、頭痛は?俺の姉さんはよく頭痛が起こるらしいぞ」
「や、今日は平気……て、ちょ、こーくん」
「何だ」
「…もしや、不調の理由分かってる?」
「ああ。姉さんがいるからな、大分分かるもんだぞ」

けろり、と答える黒に吹雪はそういやそうだ、と思い直す。そんな2人を交互に見ていた氷は、やっと理解したのか気まずそうに「あー」と声を漏らした。

「あの…、おま、あれか」
「多分ひょー助の想像してるあれだよ」
「…そういや家の妹もよくぐったりしてるわな。そんなきついもん?」
「日による」
「ふーん…、まぁ男にゃ分からん苦しみだな」

うんうん頷いていた氷が、で、と呟いて話を戻す。保健室行けよ、と。

「だーから大丈夫だってば」
「階段でふらつくお前がボールを追い回せるとは思えないんだが」
「珍しく同意見」
「…こういう時だけ息合わせんな」

そう呟いてみた時、ずぐん、と激痛。突然ひどくなった痛みに、吹雪は思わず体を縮込める。

「った、ぁ」
「ほら見ろ」
「言わんこっちゃねぇ」
「うっさ…い」

腹を庇う様に足を折り曲げて小さくなり、吹雪はぎゅっと目を瞑る。早く痛みの波が去ればいい。そうすれば、やれる。自分はやれるんだから。

「…仕方ないな。おい氷、出番だ。お得意の力仕事だぞ」
「あ?…仕方ねーなぁ」
「は、え…っちょ」

ぐい、と体を引き上げられて、吹雪は慌てた。自分の腕が氷に、背中が黒に支えられる。2人は吹雪をちらりと見下ろしてから歩きだす。

「保健室行くぞ」
「ちょ、授業。遅刻しますよ君達」
「知ってる」
「真打ちは後から登場すんだよバーカ」

2人は男で、自分は女なのだ。それだけの違いで、今日は2人と一緒に走り回れない。2人と一緒がいい。一緒の位置に立ちたかった。

女のくせに。

そんな陰口叩かれても、全く気にならなかったのに。自分にはどうしようもない事だし、と吹雪は自分を妬む男を笑った。それなのに、どうして今日はこうも男女の違いを気にしているのだろう。そんなもの、ない世界ならよかった。そんな概念なんかぶっ壊れた世界がいい。その世界ではきっと女のくせに、と妬まれる事もない。月一のあいつに振り回される事もない。

「…せんせに叱られても、知らないよ」
「慣れてんよ」
「優等生だから心配するな」
「信用あんね」
「嫌味かこんにゃろう」

ああ、でも。2人がこんなにあたたかいなら、たまには女である事を喜んでもいい。とてもくすぐったい、けれど。

男は女の子を守るもんなの、と素で言ってのけた幼なじみに、今なら「そうかもね」と笑える気がした。「女の子だって強いんだよ」と不敵に言ってみせる自分は、今だけちょっと、おやすみ。



110630
作者が月一のあんにゃろうと格闘中なだけ



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