泣いている子供がいた。お母さん、お母さんと叫ぶ子供がいた。迷子にでもなったんだろう。どうにかしてやりたいとは思うものの俺はいつも仏頂面で、子供は怖がるだろう。
俺は、吹雪ならうまくあやしてやれるんだろうな、と思った。あいつはいつも笑顔で明るい。子供に懐かれやすそうだし、子供が好きそうな奴だと思う。
「なぁ、吹雪……」
言いかけて、俺は口をつぐんだ。吹雪は困った様な、戸惑った様な…いや、何かを恐れる様な顔をして、じっと子供を見つめていた。意外だった。
「………ねぇ」
吹雪はぐっと手を握り締めて、たっぷりと間を置いて口を開いた。
「君……迷子?」
「…お前、子供が苦手なのか」
「んー?」
俺がそう聞くと、読んでいた本から顔を上げて吹雪はゆるりと笑う。
「そうでもないよー、無邪気でかわいいと思う」
「…見てる分には、か?」
吹雪は驚いた様に目を瞬かせて、小さく吹き出す。俺は何か変な事を言っただろうか。
「っふは、あはは」
「…何だ」
「やだ、拗ねないでよ。こーくんは鋭いなぁって思っただけ」
くつくつと笑って、吹雪は指を挟んだままだった本を完全に閉じる。藍色の瞳はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「…子供ってさぁ、まっすぐでしょ。たまに、怖くなる位に」
「…子供だからな」
「だからかなぁ……被った皮を剥がされそうで、怖くなるの」
にこり。俺に視線を戻して、吹雪は笑う。
「剥がした皮とほんとの自分との隙間に…簡単に入ってきちゃいそうで、怖い」
「……良い意味でも、悪い意味でも…か」
「…どうだろう、ね」
吹雪はまた外を眺める。こいつはどこを見ているんだろうか。いや、どこも見ていないかもしれない。
「……けど」
「うん?」
「俺達もまだまだ…ガキ、だな」
吹雪はまた目を瞬かせて、へらりと笑った。
「そうだね」
110528
「ガキ」だけど、もう「子供」じゃいられない。