島に降りるたびに本を10冊買う。私は海賊船に乗っているが、吃驚仰天な出来事が毎日起こる訳ではなく、航海中というのは割と暇だ。特にウチの船長はイェーイ!と馬鹿騒ぎするタイプではないので、よりそうなのかもしれない。古本屋では、前の島で買った10冊を売り、新しい10冊を買う。時折、他の島の本が珍しさから高く売れることもある。今日がまさにそれで、本を売って買ったのにも関わらず私の手元にはまだお金があった。余ったお金でいつもより少しランクが高いコーヒー豆を買った。夜になればみんなに振る舞おうかな、なんて思いながら船に戻る道すがら、港に停泊している自船に向かう後ろ姿を見つける。マイペースに歩くのは我が船長。

「ロー!」

叫ぶように呼ぶと、立ち止まって首だけで振り向く。湿度の高そうな目付きは「デカイ声で呼ぶんじゃねェ」と言いたいのだろう。両手に本が入った袋を持っている私が、走って追いつくことなんてできないことを察して、その辺は許して欲しい。指先の血は止まっている。

「ローに頼まれた医学書が重いんだからね」
「…そりゃ悪かったな。だからついていくっつっただろ」
「やだよ、なんかプライベートゾーン見られてる感じするし」

医学書が入った方の紙袋をローに渡すと「そーかよ」と気のない返事が返ってきた。本を選ぶ時はいつだって1人と決めている。あ、そんな本選ぶんだ、とかそんな趣味なんだ、と思われるのは結構恥ずかしい。頭の中を見られるようで、居心地が悪くなる。ローはいつも医学書しか読まないので、これまでの島で見たことのないものがあれば買ってくるように頼まれている。同じ病気においても解釈が異なるため、様々な視点が欲しいらしい。見た目からは想像できない勤勉さだなといつも思う。そんな横顔が私はいつだって好きだ。

キッチンでコーヒーを入れてもらう。時計の針はもうすぐてっぺんを指そうとしている。10杯程度がテーブルの上に並び、まだキッチンに残っているクルーによかったらどーぞと声をかけてから、マグカップを2つ持ってキッチンを出た。向かうはローの部屋。新しい医学書を手にすると大体部屋に籠りきりになるのだ。たまにはコーヒーくらい振舞ってあげてもいいだろう。足で部屋のドアを蹴ると少しの間があってから小さな声で「なんだ?」という返事。さっきよりも強くドアを蹴ると勢いよく開き、壁にぶつかった。

「…うるせェのはノックだけじゃないのか」
「仕方ないでしょ、両手塞がってるんだから」

本から目線を外さずに、ローが呆れたようにため息をついた。動く気配のない背中に近付く。コーヒーを机の上に置くと、ようやく顔を上げた。ありがとう、という言葉が返ってくることは期待していなかったが予想を上回る言葉が私に投げかけられた。

「お前はいつもこんな暗い本ばっか読んでんのか?」

その言葉に変な汗が出てくる。さっと視線を本にやると、ローが広げていたのは私が昼間に買った本だった。臙脂色の表紙を私の前にちらつかせるローの口元はやけに楽しそうだった。

「なんでこれ持ってるの?!」
「なんでって、お前が渡してきた袋の中に入ってたんだよ。3冊」
「さっ…!」

私の脳裏に古本屋の老人の顔が鮮明に思い出される。ちゃんと分けてって言ったのに!言葉をぶつけたい相手は遥か遠く、私の背後だ。握りしめた拳を広げて、ローが持つ本に伸ばした。が。

「ちょっと!」
「あ?読んでる途中なんだよ」

ひらりと躱される。はっとして机に目をやればすでに他の2冊が載っている。

「それも読んだの?」
「あー。ぱらぱらだけどな」

私から逃れるようにローは立ち上がりハンモックへよじ登った。ページをめくる手は止まらない。コーヒーを持ってきてよかったのか悪かったのか。

「おい、」
「なに!」
「さっきの2つは恋人が死んだが、これは夫婦が一緒に死んだぞ」
「なんで言うの!」
「なんで後味悪いラブストーリーばっか読んでるのかをまずは教えてみろよ」

ハンモックから体を乗り出しながらローがにやりと笑う。完全に私のことを馬鹿にしている。これじゃあなんのために今まで一人で本を買いに行ってたのかわからない。血が止まっていた私の指先が可哀想だ。

「昔はもっとファンタジーとか読んでただろ。哲学の本とか」
「なんで知ってんの!」
「船長だからな」
「意味わかんないし!もーやだ」
「で?」

質問は既に拷問に変わってるんだぜ、とでも言いたげな視線に私は俯いた。例えごまかしても納得のいく答えが出るまで延々と尋問されるのだろう。それはもう、よく知っている。

「笑わないでよ」
「もう笑ってるのはアリか?」

にやりと腹が立つ笑顔を浮かべるローは世界で一番腹立たしい。

「イメトレ!」
「は?」
「イメトレのために読んでんの」
「なんのだ」
「…私たちはどっちが先に死ぬかなんかわからないから、遺す場合も遺される場合もどっちでも対応できるように読んでるの」

船長兼恋人にそう向かって言うと、ローは笑うでなく黙り込んだ。そういう反応はそういう反応でちょっと困る。海賊なんて、いつ死ぬかなんてわからない。死なずとも、二度と会えなくなることだってある。そういう仲間だっていた。それが自分にならない保障などないのだ。そう考えた時に、どんな心構えで、何をしておけばいいのかイメージしたくなった。私が読む本の登場人物はジャックとローズではなく私とローだった。その度悲しくなっては今いることが幸せだと思っていた。こんなよくわからない読書は本当は誰にも知られたくなかったのに。

「お前は、おれのことを信用してないのか?」
「は?」
「…この本だけ読んどけ」

自分が持っている夫婦が一緒に死ぬという話の本を投げられる。

「お前を1人で死なせたり、置いてったりしねぇよ」
「…」
「不安にさせたんなら悪かった。だがな、信用しろよ」

私の頭に手が乗せられぐしゃぐしゃと髪を乱された。珍しく謝る姿も、私の気持ちを汲み取ってくれたことも意外すぎて言葉が出ない。泣きたい訳ではないが何かが込み上げてくる。

「大体、おれはこんなに弱くねぇしお前もこんなにか弱くねぇだろ」
「一言余計!」

私の抵抗にローはまた一つ笑うと、コーヒー、と一言。ローにコーヒーを手渡す。ありがとうともうまいとも言わない姿に、突然年をとった2人が思い浮かんだ。これまで一度もできなかった想像が急に見えた。悲しい未来を怖がっても仕方ない。ローとの穏やかな未来を願って、臙脂色の表紙を抱きしめた。
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