世間の目からすると、2年前の冬から付き合って、今年の春別れたのだと思う。はじまりも終わりも明確なものではなかった。好きだ、付き合おうという形式染みたやりとりは気がつくと私の人生からは消えていた。居心地が良いから、一緒にいる。なんとなく波長が合わなくなってきたから離れる。関係性の定義というより、距離の取り方をはかるという表現が正しかった。

10代の頃は当たり前だったことが急に気恥ずかしくなったのはいつからだろうか。逆に、常識で考えればもっと恥ずかしいコトを平気でスルようになっていた。周囲の友人は、言葉が欲しい!付き合っているっていう確証が欲しい!なんて言うまだまだオンナノコたちが圧倒的に多い。それはオトコノコだって限らずの話で、いいな、と思う人がいたって夜景が見える高台でイイ雰囲気の中「付き合おうよ」なんて言われた瞬間に私のテンションは急落していた。どうやって調べたんだろ、断ったらおいて行かれるのかとそんなどうでも良いことばかり思い浮かんで、とてもじゃないが、真剣なその瞳を見つめて可愛い声で「ウン」なんて言えなかった。付き合うなんてただの口頭の契約。そんなものになんの意味があるのか。見えない鎖でお互いの行動制限するなんて不思議で仕方ないし、言葉で縛る陳腐さに瞬時に冷めてしまう自分がいた。だって、法律に誓いを立てたって数年で崩壊するのが当たり前の世の中だ。

そんな風にどこで掛け違えたかひねくれてしまった私の横にはもちろん居つく人はなかなかおらず、早く彼氏作んなよ〜トークへの微笑み返しも上手くなってきたところに、突然銀時が現れた。ふらっと飲みに行った大衆居酒屋で、同じように面倒くさそうな人だなと、関わらないでおこうと決め込んでいたら向こうから関わってきたのだった。

「お姉さんさぁ、すっげぇ性格歪んでそうだね」
「…お姉さんって言われるとおばさんって聞こえる」
「ん、そりゃ悪ぃ。…なまえちゃん」
「…」
「俺と似てるね」
「…いい加減そうってこと?」

どこで私の名前を聞きつけたのだか。私の問いかけに、正解、やるじゃんとグラスを無理矢理つきあわせてくる。距離感を無視する感覚は、不思議と不快ではなく、その日から時間が合えば一緒にいた。じりじりと、妙な作戦を立てて詰め寄られるより踏み込まれる方が良かったのかもしれない。銀時はよく私の家に来て、時々一緒に出かけた。一緒にいても話さないこともあったが、気まずさや居心地の悪さはなく、バカみたいに手を繋いで歩く日もあったり人ごみでバカップルのふりをしてキスをすることもあった。自由にしたい時はその手を離し、寂しい時は掴まえてくれる。私にとって、いい意味で都合のいい男だった。
その関係が崩れ始めたきっかけはいつだっか、まるで思い出せないが、手を掴んで欲しい時に銀時がいなかったことが大きかったように思う。私以上に彼は気まぐれで、突然ひと月行方不明になったりするし、と思えば居座るし、その波長が合わなくなり、自分以外を心配する自分に疲れて私はふらりと引っ越した。すると私たちを繋ぐ手段はゼロになり、逆に2人の距離ははかれないほど遠くなった。

人間関係とはこんなものだ。どれだけ近くても希薄なものだ。これじゃあ、他人同士を法律で結び、親族の前で披露したって別れてしまうのも仕方ないのかもしれない。しかし、一方で巡り合わせ、陳腐な言葉で言うのであれば運命というやつも存在するのだ。

銀時との別れはオトナになってからの別れの中だと実にありがちな別れだった。寂しさを忘れるための別れはこれまでもよく一方的な判断で行っていた。1ヶ月もすれば忘れられるはずだったのに、何故か半年経った今、間違いなく私は銀時が居ない寂しさを感じていた。そんなことを言っても銀時の居場所なんてわからないし、必死に探すのも恥ずかしい。向こうにとっては突然いなくなった女だ。必死に探している姿なんて見たら、ヤバイストーカーとして通報される。なんで銀時だけなのか、顔が他の男より良かったから?機転が他の男より利くから?一緒にいることが他の男より楽しかったから?どれも当てはまる。つまりは私にとって一番の男だったというだけの話だ。失ってから気付くなんていうベタな展開は意外と身近にある。そして再会も。

仕事の関係でかぶき町に来ていた。直帰だったからこのまま帰ろうと歩いていたら突然の雨。薬局の店先に出ているビニール傘を見つける。慌てて購入し、店を出ようとした時に後ろから声をかけられた。

「なまえ?」

振り向くとマスクをして具合が悪そうな、会いたいと願っていた銀時がそこにいた。驚いた顔をしているのだろうが熱があるのか目はいつも以上に腫れぼったい。

「お前…今まで…まぁいいわ。とりあえず看病してくんねー?」
「えっ…」

返事を待たずに腕を引かれる。その掌は熱く、風邪を引いていて熱があるという想定は確信へ変わった。銀時は自分の傘を、私は買ったばかりのビニール傘を差す。私の手首は拘束されたままだ。時々傘がぶつかっても銀時は振り返らずずんずん進んでいく。

「…かぶき町に住んでたんだね」
「あ?言ってなかったけ?」
「かぶき町で仕事をしてるとは言ってた」

万事屋と書かれた看板を見上げながら私が言うと鼻声が帰ってくる。なんだか半年離れていたように思えないほど当たり前の会話だった。もっと怒ってるのかと思ったけど、そうでもないのか。そう言えば家に来たことはなかった。ストンと何かが落ちるように不思議な充足感が唐突に現れた。結局これも寂しさその一だったのかもしれない。

「どーぞ」

そこでようやく手が離される。と同時に銀時は玄関に座り込むとその場に寝転んだ。

「あーもー無理限界」
「熱どれくらいあるの?」
「んー…39とか」
「はぁ?なのにウロウロしてたの?」
「んなもん独り身なんだからしゃーねぇだろ」
「そうだけど…ねぇ、寝室どこ?」

靴を脱いで玄関にあがる。廊下に頬をつける銀時の肩を叩くと、もっと優しくしろと声が上がった。腕が伸びてきて、また私の腕を握る。熱い。じんわりとその熱がこちらにまで移りそうになり、心臓が痛かった。整理できていない頭の中に「運命」なんて嫌っていた言葉が浮かんでしまう。げほげほと苦しそうな咳をする銀時の手をやんわりと剥がし今度は私が握った。

「ほら、立って」
「相変わらず厳しいね、なまえちゃんは」

からかうような声がマスクの下から聞こえたが無視をした。そっち、と言う声に従うと開けっ放しの襖とぐしゃっとなった布団が見えた。あ〜…情けない声を出しながら銀時が倒れこむ。下敷きになっている布団を無理矢理引っ張り、銀時を覆い隠すようにかけた。

「乱暴ー」
「文句ばっかり。…キッチン勝手に使うよ」
「あ?なんで、なんか作ってくれんの」
「どーせ何も食べてないんでしょ、独り身」

マスクから飛び出て赤くなっている鼻をつまむ。なんで離れちゃったんだろなと急に思う。これが当たり前のように傍にあったのに。鼻をつまむ私の手を掴もうとした銀時の手からするりと逃げて、キッチンへ向かった。
独り身。卵が2つしか入っていない冷蔵庫を見ながら、さっき投げ返した言葉を反芻する。その言葉に嬉しさを感じる私はきっとまだまだこの男のことが好きなのだ。寂しさを感じるのも、どこかで歯車がずれるように感じたのも、私自身の気持ちが収集がつかなくなっていただけなのかもしれない。冷静になればそうやって考えることができるのに、いつだってカッと頭に血が上るように一瞬で判断を下してしまう。なんだかんだで、そこら辺の彼氏に会いたいと泣き叫ぶ女と私も変わらない。不確かなものへの不安はきっと万人共通だ。

***

「できたよ」

ラーメンのどんぶりに今は卵雑炊が入っている。布団の横に置くともぞもぞと銀時が起き上がった。

「お、やるじゃん」
「…まぁ」

レンゲを掴んでいただきますと律儀に言う銀時を横目で見ながら部屋を見渡す。まぁ、なんというか洗濯物がいい感じに散らばっている。

「…洗濯」
「あー…してねぇ。えっなにしてくれんの?!」
「まだ何も言ってない」

立ち上がり部屋の洗濯物を手に取る。一つ一つ拾い上げているうちにも銀時はもくもくと雑炊を食べる。本当に遠慮のない男。

「洗濯機は玄関の近くな」
「…はいはい」
「あとさー」
「何、やることあるならもうまとめて言って」
「…ちゅーしたい」
「……」

その言葉にぴたりと動きが止まる。そんな、高校生みたいな言い方しなくたっていいのに。手にいっぱいになった洗濯物を抱えて、私は銀時に背を向ける。

「ていうか、一緒に住んで」
「……」

ことん、と食べかけの雑炊を床に置いたのがわかった。ふざけていないことはなんとなく、声のトーンからわかる。

「…こういうこと言われるの嫌だろうけどよ、いないとまぁまぁ寂しいんだよ」

そう、確かにこういうのはすごく苦手だった。でも今は、違う感情でいっぱいで、どんな顔をすれば良いのかわからない。背中がじっと見つめられていることを感じている。

「…なぁ」
「…食べ終わってからね」

早口でそういうと私は急いで洗濯機を目指す。おう、と返事をして雑炊を書き込む音を聞きながら私の返事は決まっていた。


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