梅が綺麗だから神社寄っていかない?と事務所へ戻る途中に嶺二さんに声をかけられた。あまり二人きりになりたくないという思いと、誘われたことへの喜び。天秤にかけて、すぐに結果は出た。

「まだ寒いね~」

未だに手放せないマフラーを巻き直しながら嶺二さんが言う。暦ではもう立春はとうに迎えていると言うのに、春の気配はまだまだだ。
事務所近くの神社は一般人はあまり来ず穴場となっている。初詣もここにくる事務所関係者は多い。今年は忙しさもあったが気まずさもあり初詣はいかなかった。シャイニング事務所で事務として働きはじめてもう2年経つ。作曲家になれなくて、でもこの業界には関わりたくて。どこで試されていたのかパソコンスキルとマルチタスクを回すことができるという点が評価され今に至る。

「梅、もう咲いてるんですか?」
「咲いてるよっ!楽しみにしてて!」

そう言って笑う嶺二さんから目を逸らした。仲良くなったのはいつだったか。元々事務所に入り浸ることの多かった彼と仲良くなるのは至極自然な流れだった。最初はみんなで、その後は2人でも飲みにいくようになり…という典型的なパターンだ。職業アイドル。好きになっても実らないことはわかっていたから、飲み友達という関係を継続できれば満足だった。それなのに。思い出すと胃がキュっとなり穴に入りたくなる。年末だった。すごく忙しくて、久しぶりに事務所で会う嶺二さんも私も顔が死んでて、とりあえず飲み行こうとなったのだ。お互いの姿を笑いながら楽しく進むはずだったのに、疲れすぎてなのかいつもよりすぐに酔っ払い、かつ会えなかったことを心のどこかで寂しがっていたのか私の口はとんでもないことを言っていたのだ。

『れーじさん!れいじさんアイドルやめてくださーい!」
『えっ!クビ宣告!?』
『こんなにわたし好きなのに、付き合えないからでーす』

その時すぐに空気が変わったのもわかったし、頭の片隅にはもう一人自分がいて、冷静にやっちゃたな、と思っていた。目の前の嶺二さんが困ったように笑って『ごめんね』と言ったことで一気に酔いが覚めた。そのことを思い出していたせいか石段を登る足も重い。私よりも3段程先を登る嶺二さんが止まって振り向く。

「ちょっとぉ~遅いよ!トシ?」
「…失礼です」

あははっと嶺二さんは笑う。その時の飲み会以来2人で飲みに行っていないし、話すことも極端に減った。そんな中でのお誘いだったから、嬉しくもあり不安でもあった。もしかして事務所も辞めてと言われるのだろうか。そうなったらどうしよう。でも仕方ない。

「あと5段!」

階段の上でそういう嶺二さんの元に駆け足で上がると綺麗な梅の花が迎えてくれた。なんとなく避けられているのは感じていたし、こちらも避けていた。今横で歩いているのが不思議だった。境内には誰もおらず、貸し切り状態。子供のようにはしゃいでパシャパシャと写真を撮る姿を見て、自然と口元が緩んだ。

「シャッターチャンス!!」

携帯が私に向けられ気付いた時には電子音が鳴っていた。

「ちょっと!!今絶対変な顔してたからやめて下さい!」
「う〜ん、確かに。白目になってる」
「うそ!」
「うーそ!かわいくとれてるよん」

ぽかっと頭を叩くと嶺二さんが笑う。この数ヶ月が嘘みたいに、前の距離感が戻ってきた。私の横にくるとカメラを内側にして私の頭に頭を乗っけてくる。

「ちょ、」
「ハイ!ほら笑ってー」

いわゆる自撮りという形で写真を撮られた。嶺二さんの携帯の中の私はなんとも言えない表情をしている。照れたような困ったような変な顔だ。写真だけ見たらカップルみたいだったから、今の私は写真よりも変な顔をしている。

「なにその顔」
「生まれつきです」
「そんなことないよー」

そういう嶺二さんよりも先に賽銭箱の前に立つ。またパシャっという音がして振り向くとまた撮られた。

「ちょっと、やめて下さい」
「えーなんで」
「嫌だからです」
「ケチぃ」

「…なんで誘ってくれたんですか」

そう尋ねると、嶺二さんはあの時みたいな困った顔をした。なんでわざわざ自分から地雷を踏んでしまうのだろう。私の方がよっぽど困った顔をしてたのか、私の横に立つと頭にぽんと手を乗っけられる。こういうの、当たり前にしないでほしいと思いながらその手を叩いて少し離れた。そのまま財布を取り出すと小銭を探す。

「五重にご縁があるよう55円いれます」
「よくばりっ!!」

嶺二さんは嶺二さんでポケットの中からありったけの小銭を取り出している。どっちが欲張りなんだか。何をお願いするのだろう、そして私は何をお願いするのだろう。元の関係に戻れますように、普通に話せますように、次の出会いがありますように。どれもしっくりこなくて、諦めの悪さを改めて実感してしまった。

「やっぱたくさん入れた方が願い事叶えてくれますかね」
「神様は平等だから抽選だよゼッタイ!」
「なら、私対嶺二さんですね」

私がそう言うと何やら考えたような顔をして、私に小銭を押し付けた。

「え、なんですか」
「…多分同じお願いだから」

いつもより少し低いトーンでそう言われた。真面目な顔が目の前にあるものだから、目を逸らしてしまった。

「同じ、じゃないと思います。…嶺二さんが前みたいに困るお願いごとだし」

お互いが話している内容は間違いなく同じだ。私の想いの話。そして私が願う予定は嶺二さんとずっと一緒にいれますように。それも、友達としてではなく恋人としてというこの上なく我儘で途方も無い願い事だ。叶わないこととわかっている。だからこそ神様に頼むのだ。

「いーや、一緒だよ」
「…そんなこと言われたら期待しちゃうから、やめてください」

泣きそうになってくる。また振られるような思いをしないといけないのか。

「期待していーよ」
「よくない」
「いいの!…その代わり僕のお願いを聞いて」
「私に丸投げしたくせにまだお願いするんですか?わがままですね」
「うん、わがままだよ。2番目のお願いを聞いて」

握りしめた小銭がぶつかって音を立てる。その手を嶺二さんに取られ両手で包み込むようにされた。触れた部分が熱くて、反射的に引っ込めそうになったがそれを許してはくれなかった。真っ直ぐな瞳に苦しくなった。

「1年、待って」
「え?」
「今すぐにはどうにもできないけど、1年でなんとかするから」
「…」
「だから、神様にお願いしてよ。ね?」

その言葉にノーと返す理由はなく、今にも出てきそうな涙を必死に引っ込めて私はこくりと頷いた。1年。その間に夢が現実になるのか、それはわからない。それでも私は神様だけじゃなく、目の前の人を信じたくなってしまう。喩え叶わなくても、少なくとも今この瞬間同じ気持ちであることだけで幸せだ。嶺二さんの手をほどいて、賽銭を投げ入れる。抽選だというなら1年後の願いもかなえてくれるはずだ。目をつぶって手を合わせる私の耳に、嶺二さんの小さい声が入ってきた。

「大好きだよ」



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