まだ湯気の残るカップ越しに見えるキッチンには誰もいない。アップルティーをゆっくりと傾けながら苛々し始めた自分を落ち着かせた。いつだっておやつは一番初めに持って来てくれるし、どこまでも優しい。きちんと私を最優先してくれる。それでも他の優先をその次にして、寄り道ばかりしてるのなら意味がない。

「…ご機嫌ななめ?」
「さあ」

やっと戻ってきた彼はからかうような口調で私に言う。空になったカップを押しつけて私は本を広げる。呆れたような溜息が頭上から降ってきて、その溜息をつきたいのは私だわ、と言いたくなった。いつもの光景なのにいつまで経っても慣れなくて。こんなことで嫉妬してるだなんて、子供みたいで嫌になる。サンジが元々こういう男だってことはわかっていたのに。惚れた方が負けなのか。

「なあ、」
「早く片付けしてきなさい、コックさん」
「…はいよ」

本の角で、近づいてきた頭をつつけば彼は流しに向かう。ああ、そう言えば今日は見張りの日だった。ダイニングの隅に置いてある毛布を手に取る。翌日の仕込みが遅くなった日なんかにサンジはキッチンでよく寝ているようで、その時に使われている毛布だ。きっと見張り台は寒いから。私がキッチンのドアに手をかけた時、サンジが何か言った気がしたけれど無視をした。今の私は最高に不細工な顔をしている。眉間に皺を寄せて、それなのに泣きそうで。またそれを堪えるものだから、見るに耐えないものになっているはずだ。

見張り台へ上って毛布にくるまった。毛布からはサンジのたばこの匂いがして胸が痛かった。朝も昼も夜も私だけにちやほやしてほしい。そんなことは口が裂けても言えない。どれだけ勝手な女なのだろう。1番じゃなくで、唯一無二がいい。そんな独占欲が日に日に強くなって嫌になる。

「……何しに来たの」
「ひでェ言い方」

誰かが上がってくる音はしていたけれそ、姿が見える前から誰かなんてわかっていた。ひょっこり覗いた金髪なんかが見えなくてもすぐにわかった自分が馬鹿みたいだった。軽い身のこなしで見張り台に上がってきたサンジは私にぴったりと身を寄せる。

「…早く寝たら?」
「いやー寝ようにも毛布がないもんで」
「男部屋で寝ればいいじゃない」
「そんな気分じゃなくてね」
「それじゃあこれ返す」
「そんなことしたら風邪引いちまうぜ?」
「…じゃあどうしろって言うのよ」
「一緒に入ればいい」
「…嫌って言ったら?」
「そんな返事はない」

有無を言わさない回答をしながら、サンジは勝手に毛布を捲った。ちょっと狭いな、なんて言いながら彼の指が私の指に絡む。サンジの方を見れば満足そうに笑っていて、一方私自身は何事もないように装ったものの、心臓は実に正直者だった。

「俺は君にとってまだまだかい?」
「…ええ、全然」
「手厳しいね」
「不満だらけよ。サンジなんて、」

睨みつけながら口を開いたのに、言うはずだった言葉は彼に絡め取られる。後頭部に回った手にがっちりと頭を固定されてされるキスは少しばかり苦しい。いつまで経ってもキスになれない私と、最初から慣れていたサンジ。そんなことにちくちく胸が痛んでることなんて知らないんでしょうね。やっと解放された唇は熱を持って、肺は酸素を求めている。

「おいで」

と低い掠れるような声で呟いて、サンジは勝手に私を腕の中に収めた。視界がぐるりと回ったあとに、後ろからぎゅっと抱きしめられた。私の答えなんて全く聞かない彼の腕の中で私は俯く。

「今日は俺が見張りやるから、寝てろよ」
「…じゃあ部屋に…」
「それはだめ。俺が寒いだろ。それに一緒にいたいんだよ、俺は。…お返事は?」
「……うん」
「よろしい」

こんなことですぐに機嫌が直ってしまう。手のひらの上で踊らされている。愛してるよ、だなんて当たり前のように耳元で言われた。これだってきっと言い慣れてる。見えない誰かへの嫉妬が苦しい。ぶつけられる相手、見える相手ならいいのに。この不毛な汚い感情はいつになれば消えるのだろうか。今、1番じゃなくて、1番目がよかった。

「なまえ…」

そっと呼ばれた名前に震える。俺だけを見ててよ、俺を1番にして、なんて言われて。本気でそう思ってるのかな。口先のことかもしれない。でもそれに騙されなきゃサンジとは付き合えない。何かをなぞられるような違和感は拭えなくても、こうやってほだされるのだ。今は、口先を信じる。

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