今日はとにかくどっと疲れた。部屋に帰ってきて鍵も閉めずにベッドに倒れこんだ。この部屋の方がさっきの部屋よりフツーに狭いな、なんて思いながら息を吐いた。頭の中がぐるぐるする。ベッドに寝転がったまま、ベッドサイドに置いてあった雑誌を手繰り寄せる。パラパラとめくって、探していたページで手を止めた。うん、やっぱり月宮林檎だ。月宮くん。林檎ちゃん。日向龍也。本物。芸能人。ようやくパーツが一つ一つ当てはまっていくようだった。

***

「マネージャー??」
「そう、それをなまえちゃんにお願いしたくて」
「いやいや…いやいや」

完全に女の子の月宮くんはにこにこと笑いながらそう言った。日向龍也に私の今日の経緯を説明した後に、聞かされたのがマネージャーをしないかという提案だった。どうやらこのシャイニング事務所というのは早乙女学園というアイドル養成学園のようなものの卒業生で構成されているらしい。昨年度末の卒業生は割と豊作だったらしく、マネージャーの数が足りていないそうだ。

「マネージャーに求められるのはスケジュール管理能力はもちろんですが、営業力なんです」
「営業力って…」
「このご時世に名刺印刷の営業だったんですよね。飛び込みも経験されているそうですし」
「まぁ…でも、私芸能人とかよくわからないし、アイドルなんて尚更見ないし」
「だからこそお願いしたいの。そんなあなたがいいって思うくらいまで、大衆に愛されるアイドルに育ててほしい」
「いきなり言われても、できない自信しかないよ」
「それはもう、十分承知。最近から100%なんて求めてない」
「まず3カ月、アルバイト感覚でいいからやってみませんか?」
「ね、お金ないんでしょ?」
「つ、月宮くん!は、恥ずかしいからやめて…」

確かにお金がないのは事実だ。家賃はどうする。ご飯はどうする。光熱費、携帯代。カード払いの支払い。どう考えても生きていけない。今からとりあえずバイトを探したとして給料が入るのはおそらく来月。転職活動をしたとしても同じだ。

「ちなみに、給与は当月払いもできます」
「…!」
「まぁ、これくらいは出すよ??」

どこからともなく出てきた電卓に月宮くんが打ち込んだ数字は、前の給与の約倍額。日向さんと月宮くんの顔を見比べる。この2人のコンビネーション、おそろしい。

「ガチですか」

こくりと頷く2人に、思わずよろしくお願いしますと言っていた。その返事にニヤーっと笑われる。一抹の、だった不安が普通に不安になった。じゃあ明日10時にまたここに来てね、よろしく!あと手続き上履歴書もよろしく。福利厚生はつくから年金手帳とか諸々もね。明日顔合わせだから。とまくし立てるように告げられた。文房具が乱雑に入れられたカバンの中から手帳を取り出すと明日の欄に「10時」と書いて、かしこまりましたと私の口は言っていた。

***

指定時間の10時、昨日と同じソファに腰掛けていた。結局昨日はあの後、雑誌にはじまりネットでも検索をかけこの事務所設立までの経緯やその後の拡大の仕方までじっくりとよんでしまったせいでほとんど寝ていない。

「眠そうだな」
「あ、すみません…」

日向さんが苦笑しながらコーヒーを出してくれた。本来は手伝うべきなのだろうが、自分で淹れたいからと断られてしまったのだ。

「今日だが、入社書類の説明と担当の説明が午前中。昼飯挟んで午後イチで担当と顔合わせで、その後は業務の流れ説明。最後に事務所内案内して18時くらいには終わろうと思うが大丈夫か?」

このテキパキさはなんだ。サラリーマンとして何年も経験を積んでいるであろう前職の課長より要点をおさえ、かつスケジュールも立てられるとは。多分純粋に頭がいいんだろうな、と思いながら頷いた。

入社書類を書き終えると、今度は薄い冊子が3冊置かれる。表紙には人の名前と【社外秘】の判子。見たことがあるような、ないような。私が担当するアイドルの名前を見ても正直ピンとこない。

「これが担当してもらう3人だ」
「3人」
「あぁ。まだ駆け出しだからな。専属つけるほどでもねーよ」

【一ノ瀬トキヤ】【神宮寺レン】【来栖翔】この3人が私の担当。私次第で彼らの仕事が変わる。つまり人生も。なんだか意外と重たい仕事かもしれないと今更ながら思った。20歳前後の未来ある青年たちの未来は私の手にかかっている、ということだ。

「学園時代は俺のクラスだったからな。今後わからんことがあったら俺に聞いてくれ」
「日向さん教師もしてたんですか?」
「あぁ。林檎もな」
「へぇ~」

一ノ瀬トキヤ、堅物くん。神宮寺レン、ボンボンぼっちゃん。来栖翔、子供。資料を見ながら勝手に心の中であだ名をつけた。正直これまで関わってきたことのない人種すぎてうまくやっていけるかどうか、不安しかない。これから私は彼らを把握し、提案し続けなければいけないのだ。

***

「そろそろ来る頃だな」

お昼ご飯を事務所で日向さんと一緒に食べて、落ち着いた頃時計を見ながら日向さんが言った。そう言われると少し緊張する。

「緊張してるか?」
「ま、まさか!…嘘です、ちょっと緊張します」
「ま、大丈夫だ。あいつら、君より随分年下だし」
「随分は余計です」

私がむすっとして言うと日向さんが笑った。20歳の頃だって「随分」と言うほど前ではない。程なくしてドアがノックされる。日向さんが入れ、と返事をすると写真の3人が現れた。まぁなんというか、やはり整った顔立ちだ。三者三様ではあるものの純粋にそんな感想を持った。

「はじめまして。本日よりマネージャーを務めさせていただく名字です」
「はじめまして。一ノ瀬です。よろしくお願いします」
「…神宮寺レンだよ。よろしくね」
「はっ、はじめまして!来栖翔です!!お願いします!!」

挨拶も三者三様、治すべき点発見。神宮寺レン、ボンボンぼっちゃんに目をやると品定めするような目と目があった。日向さんが今後の流れを説明をしている間も 、聞いているのかいないのか中途半端な態度だった。

「おいレン、聞いてるか?」
「ん?聞いてるよ?」

本格的には来週から、今週末に歓迎会だから予定あけとけと言った日向さんが神宮寺レンにクギを刺す。本音が見えそうにもない笑顔と共にオッケーサインを作ると、私に向かってひらひらと手を振りよろしくね、と声をかけてきた。

「じゃ、ビシバシ鍛えてもらえよ」
「よろしくお願いします」
「よっ、よろしくお願いします!」

一ノ瀬トキヤと来栖翔はお辞儀をすると、次の仕事があるので、ということで部屋を出て行った。一緒に出て行くかと思った神宮寺レンはそのまま残る。バタンと閉められたドアの音がやけに響いた。

「…レン、別に残る必要はないんだが」
「ん、いや、ちょっと確認したいことがあったからね」

私の方には一瞥もくれず、日向さんの方を見てそう言った。

「これは、どういう意図なの?」
「意図?」
「こんな何もわからなそうなレディがマネージャーって、事務所は俺たちを見限ったの?それとも自分で仕事をとってこいってことかな?」

声を荒げている訳ではないが明らかに話し方に棘を含んでいる。

「意図なんかねーよ」
「そっか。イッチーは元々この業界にいるし、おチビちゃんもバラエティーに引っ張りだこ。俺だけが戦力外通知ってとこかな?」
「なんでそーなるんだよ」
「だってそうでしょ。この人この業界経験者でもなんでもないよね。ツテもなければマネージャーとしても新人。そんな人に新人を売れるなんて思えない」


「…自分に自信ないんですね」

神宮寺レンと日向さんがばっと私の方を向いた。神宮寺レンの顔には明らかに怒りと苛立ちがあったが、私を見るとにこっと笑う。

「ごめん、関係ない人は黙っててくれるかな」
「関係者ですが」
「もう関係者面?図々しいね」
「おいレン」
「あなたは他責性が強いだけですよね。まず自分のこととして考えることができないならずっと3番目ですよ」
「はは、言ってくれるね。素人のくせに」
「素人から意見されるほど、脇が甘い、とは思わないんですね」

感情を隠すことのない表情が目の前にある。私をまた品定めするように見た後、神宮寺レンは鼻で笑ってお手上げだと言わんばかりのポーズをとった。

「それだけ言うんなら相当頑張ってくれるんだね。結果で返してくれたらそれでいいよ」
「あなたの実力が追いつくといいですね」

私の言葉に神宮寺レンはふいっと顔を逸らすとそのまま部屋を出て行った。ドアが閉まると同時に日向さんが息を吐いた。

「全く…お前も顔、怒りすぎだぞ」
「え」
「レンもレンだが、お前もノってどーする」
「…すみません」
「いや、まぁ、安心はできた。正直林檎の友達っていうだけだし心配はしてたんだがこれなら大丈夫だな」

ソファに座るように促される。それにしても先が思いやられる。相性の問題なのか、神宮寺レンとうまくやっていく自信が今の私には全くない。
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