ウソをつくことが好きだ。ウソと言っても保身のためとか悪意のあるものではない。楽しみたいだけの、冗談ってやつだ。誰にでも言う訳じゃない。人はもちろん選ぶ。言っていい人、だめな人。言って楽しい人、そうじゃない人。そして私の席の前にいるのは言って楽しい人。

「東峰、教室の外で1年生の女の子が待ってるよ」
「えっ!?おれ!?うそ!?なんで!?」
「んーなんでだろうね?顔赤かったような…」
「えっ!?ど、どうしよ…おれそういうの無理…」
「待たせてどうすんの!」
「わ、わかった!」

顔は怖そうなくせして小心者、女の子への対応も下手なのが東峰だ。そして何より素直で人をすぐに信じてしまう。慌てて立ち上がったものだから周囲もびっくりしている。どたどたと鈍臭そうな音を立てながら教室の入り口へと走っていく。その後ろ姿を見つめていると口元がにやつくのがわかった。ドアからそっと顔を出して、一瞬の確認。キョロキョロと周囲を見渡している。困ったように誰かを探す後ろ姿に笑いが止まらなくなった。

「東峰!」
「い、いないよ!?」
「うそだよー!」

私がそう叫ぶと大きな背中がびくっと震えてこちらを向く。はっとしたような顔をした後の安心した表情、そして眉毛が下がった様子は飼い主とはぐれた子犬のようだ。その顔のまま席に戻ってくる。

「なんで、ウソつくの!」
「だって反応が面白いんだもん」
「お前さぁ〜〜…」
「かわいー」

私がそう言うとさっと顔を赤くして「嬉しくない!」と反論してきた。寂しそうな背中に笑いをふりかける、これが日常だ。東峰は絶対怒らない、いつも素直に騙されてくれる私にとって手放したくないおもちゃだ。


***


「あれ、居残り?」

放課後の教室で数学の課題をしていると教室の扉が開いた。ジャージ姿でタオルを首にかけている東峰だった。部活帰りなのか少し髪が乱れている。

「家じゃやんないから、課題やってんの」
「そういうとこマジメだよな」
「…そういうとこってどういう意味」
「いや…いつでもマジメだと思うよ」

焦りながらそう言う東峰が床にどさっと荷物を置いた。それにしてもなんで教室に来たんだろう。外はまだ明るく、空がオレンジに変わり始めたばかりだ。バレー部の練習が終わるには少し早すぎる時間な気がする。

「東峰は?部活クビ?」
「…シャレなんないから、ソレ」
「え、クビになりそーなの?」
「違うけどさ…今日は部活おれだけ先に終わったんだよ」
「なんで?」
「…課題がまったく終わってないの、大地にバレて」
「澤村くん?」
「あいつコエーからさ」

鞄の中からノートと教科書を取り出し机の上に置いたかと思うと体を横に向けて私のノートを覗きこんできた。

「…なに」
「……数学、教えてくんない?」

上目遣いで言ってくる上、普段よりも近い距離に少しどきっとしてしまった。東峰のくせに。なんだかむかつく。少しからかってもいいかな。

「んー、どうしよっかなー」
「そこをなんとか!」
「じゃあなんか1個言うこと聞いてね」
「え!きくきく!」

きらきらと目を輝かせる東峰が目の前にいる。まだどきどきしてしまうのは、夕方だから?いつもと違うジャージ姿だから?どちらにせよ、私ばっかりこんな思いをするのはいやだ。ノートに数式を書きながら思案する。

「…じゃあー、こうやってたまに一緒にいてほしいなー」

言ってからこれで東峰がどきどきするかどうかは私に対する感情次第ということに気付く。でもこの間、保健室の先生も「この年頃の男はどんな女から言われても嬉しいから」と言ってたから先生の言うことを信じよう。いつ冗談に決まってるじゃん、と言おうかなと思いつつ東峰の反応を想像したら面白くて口元を手のひらで隠した。
焦る?困る?慌てる?どんな顔をするんだろう。どの表情も面白い。反応の声が返ってこなくて顔を上げると想像していない顔があった。

「……東峰?」

俯いて、頭をかいている。私の声に顔を上げたその表情は私が今までほとんど見たことのないものだった。たまたま帰りに見かけたバレーをしている時と同じ表情。真剣でまっすぐな瞳が私をとらえている。

「名字」
「な、なに?」
「それも、いつもの冗談?」

真っ直ぐな視線に耐えれなくて手で隠そうとしたら、その手を東峰の大きな手で握られた。目をそらせなくて、顔が赤くなるのがわかる。夕日のせいだって今なら言い訳ができるけど。

「おれはお前といて楽しいよ」
「そ、そう…」
「知ってると思うけど、おれ、本当か冗談かってわかんねーから。期待してもいい?」
「……」
「どっち?」

迫るような表情に私の「ウソだよ!」はどこかにいってしまってなんて答えればいいのか、いつも東峰で遊んでいたはずなのになんでこんな展開なのか頭をフル回転させてもわからない。

「冗談……じゃない、よ」
「…じゃあこの手は離さなくてもいい?」
「…それはだめ」
「なんで」
「恥ずかしい…ていうか、東峰そんなキャラじゃないじゃん…」

私がそういうと目の前の東峰が少し笑う。一度俯いてもう一度顔を上げた東峰の顔は赤く染まっていた。

「…はずい」
「…こっちのセリフ」
「…とっ、とりあえず課題、教えて」
「う、うん」

ゆっくりと離れていった東峰の手。くるりと前を向いた彼の背中を見つめる。ちょんと背中をつついて言う。

「隣いっていい?」
「…おう」

東峰の腕が隣の机の脚を掴んで自分の席に引き寄せる。いつもウソばっかり冗談ばっかりの私だけど、このドキドキは冗談じゃない。

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