彼女は気分屋の猫のようであり、従順な犬でもあった。あまりにも色々な表情がありすぎて、別の人格が同居しているのではないかと疑ってしまうほどに、彼女は少女で大人でかわいく美しく愚かで聡明だ。ころころと表情を変える日もあれば、今日のようにムスっと仏頂面のままで何時間もキッチンに面しているカウンターに肘をついている日もあるのだからおかしなものだ。おれはそんな彼女がとても好きだった。色んな表情を見せてくれる彼女は同時に俺にたくさんの世界を見せてくれる。

「味見する?」
「いい」

出来上がったばかりのスープを小さな皿に入れて手渡せば、口では断りながらも結局彼女は受け取るのだった。彼女は、世間一般からすれば間違いなく面倒くさい女だろう。ただ都合のいいことにおれも面倒くさい男だ。あっちへフラフラこっちへフラフラと彷徨っているのだから。ただそんなおれはいつの間にかどこかになりを潜めてしまっていた。彼女といてはそれは叶わない。おれがフラフラしていればその間に彼女はきっとどこかおれの手の届かないどこかに行ってしまうような、そんな気がしていた。

「…おいしい」
「そうか」

仏頂面がいつの間にか剥がれていた。料理で絆される彼女はまるで子供のようだ。緩く微笑んだ表情におれは暖かい気持ちになりながら鍋の火を小さくして、手を洗う。タオルで手を拭いてから、前の島で買ったファッション誌をぺらぺらと捲っている彼女の横に腰かけた。相変わらず肘はついたままだけれど、表情は柔らかい。こういう時何故か無性に彼女のことが愛しくなる。

「なぁ」
「…サンジ」
「…ん?」

外からルフィたちが騒ぐ声が聞こえる以外は大鍋の中のスープがコトコトと音を立てているくらいで静かなものだ。おれが彼女の手をそっと握ると、彼女の声がおれの名前を呼んだ。おれは口を噤んで彼女の次の言葉を待つ。折角ご機嫌だったお姫様の機嫌を損ねる訳にはいけないし、それに大体この流れはいつだって、

「しんどくない?」
「何が?」
「…わたし」
「まーた始まった」

おれが笑い飛ばすと彼女は怒ったような顔でおれを睨んだけれど、すぐにその眉はハの字に下がる。その様子があまりにもかわいくてすぐにでも抱きしめたくなったが、今は我慢だ。時々彼女はいきなり泣き出しそうな顔をしてはおれにそんな質問をぶつける。そんな彼女をどうしようもなく愛しく思うのは、その質問で愛されていることを実感するからだろうか。それともこの困った顔をが好きだからなのだろうか。どちらにせよ、思考としては歪んでいる。

「好きだよ」
「そういうことじゃなくて…」

ぐいっと引き寄せて抱きしめる。おれの腕の中にいる彼女は不服そうな顔をしながらも頬を染めた。おれはそれが照れ隠しであることを知っていたし、こうすることで彼女が安心することも知っていた。それだけ、色んな彼女を見てきた。だが、おれの腕の中にいる彼女はいつだって同じ表情で、それはおれしか知らない。この船のクルーたちも彼女の色々な表情を知っているだろうけれど、この表情を引き出せるのも見ることができるのもおれだけだ。自分の問いの答えをおれがまだ言っていないことが気に食わないのか眉間には皺が寄っていたが、やがて表情が緩んで幸せそうな小さな笑みが見て取れた。どんな表情よりもこのかおが一番好きだ。おれにだけ見せる世界はいつだって輝いていて美しい。何回目かわからない今も初めて抱きしめた時と同じ、あの時のままの表情におれはいつだって幸せを貰うのだ。
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