数時間向き合っているモニターから目を離さずに大量の書類にぶち当たりながら手探りで差し入れの捜索に当たる。がさがさという紙同士がぶつかる音とばさばさとそれが落下して行く音。それらを全部無視していたら、呆れたような声と同時に指先に探していたものが触れた。

「全く君は…こんなに散らかしてどうするつもりだい?」
「仕方ないじゃないですか。あ、この計算式間違ってる…それに片づけるのはどうせ私です」
「それ僕じゃないからね。はい、ドーナツ…いつもそれ言ってるけど結局僕が片づけてるっていうの忘れてないかい?」
「ありがとうございまーす」

今晩の差し入れもドーナツだ。いい加減飽き飽きする。というかドーナツよりもゼリーだとかフルーツだとかそういったものが食べたいというこの間の私の抗議はすっかり無視されてしまっているらしい。夜食の権限はドーナツ好きの彼に全て委ねられているようで、私は散々味わってしまってうんざりしているいつものドーナツをぱくりと口に含んだ。

「それどっちに対するお礼だい?」
「カタギリさんのお好きなように取って下さい」

甘くて少しだけ重いドーナツは結構胃にくる。なんというか、さっぱりしたものが食べたいのだ。手元の資料の隅っこにいくつか式を書きながらドーナツを貪っていたら段々苦しくなってきた。ドーナツの最大の難点は口の中の水分を奪い取ってしまうことだと思う。胸に何かが、と言っても確実にドーナツ以外はあり得ないのだが、それが詰まるような感覚を覚える。思わずモニターから視線を外してカタギリさんの方を向いた。

「げほっ、カタギリさんっ、水っ!」
「え!?なんだまたかい?水…水…あぁもう!」

デスクの上の資料をご丁寧にまとめていたカタギリさんは、むせている私の横にくると何してるんだい全くなどと言いながら背中をさすってきた。正直そんなことよりも一刻も早く水分が欲しいと言っているのにくれないなんて彼は善人面をしたサディストなのだろうか。別にサディストが悪人という訳ではないけれど。

「…水なんてないよ!」
「なんでもいいから水分!」
「水分って…あ、これでよければ」
「早く下さい!」

どことなく遠慮気味に差し出された紙コップを思いっきり奪い取ると口をつけた。相変わらず背中をさする手の持ち主は少しばかり楽しそうな声で呟く。

「あ、間接キスだねぇ」
「ぶっ」
「ちょっと!汚いよぉ」
「な、なんでいちいちそういうこと言うんですか!」
「そんな思春期じゃあるまいし…」
「ていうかこれコーヒーとか信じられない…私が苦手なの知ってるくせに…カタギリさん死んでください」
「君、それはひどいよ」

折角助けてあげたのになどと今度は不満げに文句を垂れ出したカタギリさんに空になった紙コップを突き返すと彼はそれをそのままぐしゃりと潰した。ポーンと投げてゴミ箱に捨てようとしたのだろうが、あまりそういったコントロール力はよくないらしくゴミ箱から少し離れた所に紙コップは不時着した。

「……」
「…ていうか君多分ドライマウスだよ」
「ゴミ放置ですか!?」
「まぁ誰かが捨ててくれるよ」
「……」
「ドライマウスっていうのはね、口の中が乾燥している状態のことでね、現代病の一つなんだよ」
「誰も詳細お願いしてないです」
「だって君いっつもむせてるじゃないか…」
「こんな水分を吸い取るものばっかり買ってくるからでしょう」
「人のせいにするのはよくないなぁ…」
「責任取って口の中潤して下さい」
「なっ…ちょっと夜中だからって発言がどうかと思うよ!?」
「は?水買ってきて下さいって意味なんですけど」
「…そ、それならそうとそう言えばいいじゃないか!!」
「カタギリさん一体何想像してたんですか。いやらしい」
「君の言い方が悪いんだよ!」
「思春期じゃあるまいし…はぁ…」
「ていうか普通上司をパシリに使うってどうなのかな」
「カタギリさん外の空気吸いたいかなって思って気を遣ってるだけじゃないですか」
「嘘つくの本当上手いよね」
「考えすぎじゃないですか。そんなだからモテないんですよ」
「君だけには言われたくないよ…」
「セクハラで訴えますよ」
「女の子はいつもそれだよ」
「ほーらーカタギリさーん、早く自販機へー」
「…で、何がいいんだい?」
「だから水って言ってるじゃないですか、一回で覚えて下さい本当馬鹿なんですね」
「…全く僕はできることなら君の口をカスタムしたいよ」
「気持ち悪い発言は慎んでください」
「それじゃあ行ってくるからね!!」
「はいはい、いってらっしゃい」

何故か少しだけ頬を染めながら出て行ったカタギリさんの背中を見つめながら、あーあ、好きだなあと改めて思った。
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