携帯電話のディスプレイに表示されている時刻は丁度待ち合わせの時間だ。だというのに、私は今電車に揺られている。あと3駅、10分以上は遅刻してしまいそうだ。今更連絡するのもなぁ、まぁいっかと、自己完結し結局メールも電話もしていない。とりあえず心の中で謝った。初デートなのに、ごめんね。

***

改札を出て、真正面にある大きな時計台広場が待ち合わせ場所だ。休日ということもあり駅前には人があふれかえっている。時計台の下にも、待ち合わせや休憩をしているであろう人々がたくさんいた。その中にもひょろっと飛び抜けている頭を見つけた。遠目に見てもそわそわしている。携帯を見つめ、電話をかけようとしてはやめている姿がよくわかる。電話をかけることはプライドが許さないのだろう。さすがに申し訳なくなって小走りで近づいた。

「蛍ちゃん!」
「……遅い」

私の声に、じろりと睨みながら私を見た。怒りを全身で表そうとしているようだったが、私が声をかけた瞬間のはっとした安心した顔は見逃さなかった。

「ごめんね!」
「僕より何年長く生きてるの?そんなんで将来社会でやっていけると思ってる訳?時間すら守れないとか人としてどうかと思うけど」
「そこまで言わなくても…」
「僕に言われるだけましじゃない?会社なら普通クビだから。時間すら守れないとか使えないにも程があるでしょ」
「ごめんってば〜〜」

つらつらと出てくる罵倒に特段傷つくことはない。むしろ彼がこうして皮肉や罵倒を言ったりする時は大体その裏に見られたくない本音があったりする。それが推察できることの嬉しさの方が大きい。これが見たかったから、走れば電車に間に合ったけどあえて走らなかったとは本人には言えないが。

「どれくらい待った?」
「僕はハナコと違って先を見た行動ができるから、15分前に着いてたけど?年下より行動が劣るんだね」
「…そんなに楽しみにしてたんだ」

思わず口元が緩む。そう呟いた途端彼の頬にさっと赤が走る。

「待たせてごめんね」
「…別に待ってない」
「でも、」
「今まで待たされたことに比べたら、全然待ってない」

そう言って私の腕を掴んだ。ようやくまっすぐ私の方を見た瞳には怒りはなく、むしろその奥には穏やかさすら感じる。確かに、随分待たせた。ついにこの日が来たか〜なんて今朝は思ったが、目の前の表情を見ていると本当に悪いことをした気がしてきた。きっとずっとずっとこの日を待っていてくれたんだろう。蛍ちゃんが、高校生になったらね、と彼が中学生の時に言い聞かせた。その間に好きな子が別にできて忘れちゃうと思いきや合格発表の日の帰りにそのまま私の家まできた行動力は、普段の彼を思うとありえない。

「蛍ちゃん、本当ごめん。私も楽しみにしてたよ」
「……あとそれも」
「え?」
「蛍"ちゃん"。それ辞めてって言ったよね」

むすっとした表情でそう言う。同じ目線だったのに、いつの間にかぐんぐん伸びて今や見上げるほどだ。腕を掴む力も強い。

「……蛍?」
「なんで疑問形」
「だって、慣れない」

さっきまで私がからかっていたはずなのに、急に恥ずかしくなって目をそらした。笑う声がして蛍の顔を見ると、いつも通り口の端を少しだけ上げて笑っていた。

「いくよ、オバサン」
「こら」

腕を引かれる、3歳年下の彼の暴言に軽く肩を殴る。思わずお互い笑った。今日から私たちは恋人だ。
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