本当に他人のことばかり気を配る男だ。談話室に現れたレンを見て改めてそう思う。随分と疲れた表情をしているが、仕事での疲れではないだろう。今日は1日オフだと昨日言っていたはずだ。

「…お疲れ様」
「……うん」

何も言わず私の横にどさっと座った彼にそう言葉をかけると力のない返事が返ってきた。はぁ〜と深いため息をついてソファに身を沈める様子を見ているとコーヒーでも入れてやろうか、という気分になる。膝の上においてあったパソコンをローテーブルに置いて、立ち上がろうとすると腕を掴まれた。

「…いいよ」
「何が?」
「コーヒー持ってこようとしてるんでしょ?」
「いらないの?」
「それより傍にいて」

一瞬上げた腰をそのまま落とす。背中をソファに預けると肩にレンの頭がコツンとのる。その重みに彼の疲労を感じて、こちらがため息が出た。

「また誰かにおせっかいやいたんでしょ」
「…その言い方やめてよ」
「実際そうじゃない」
「だって放っておけないだろ?」
「じゃあオフの日にそんなに疲れなくてもいいじゃない」

レンはいつもそうだ。気疲れするくせに気を遣う。自分のことは蔑ろにするくせに他人には親身になる。冷たいように見えて暖かい。自分のことだけ考えているように見えて全体を見ている。なんでこんなに不器用なんだろう。

「いっつも貧乏くじばっかひいてさ」
「貧乏くじとは思ってないよ。みんなが幸せならそれでいい」

大体そんなに大げさなことしてないしね、話を聞いてるだけ、と付け足して彼は笑った。肩に載せていた頭がずるずると落ちて私の膝の上に落ち着く。長い脚がソファからはみ出ていた。こんなところ、社長に見られたら殺されるだろうなぁ。そんなことを思いながらもふぅ、と息を吐くレンの頭を静かに撫でた。

「人の幸せもいいけど、自分の幸せも考えたら?」

私がそういうと、レンが驚いたような顔をする。まさかとは思うが自分の幸せなど考えていないのだろうか。少し心配になる。その心配をよそにレンがふっと笑う。

「俺が他のことやってれるのは自分の幸せ考えなくていいからだよ?」
「は?なんで?自分のことどうでもいいっていうわけ?」

そうなのだとしたら、なぜかすごく寂しくなった。じゃあ私は何のために傍にいるんだろう。怒りじゃなくて寂しくて悲しい。なんでこの人はこんなことを言うんだろう。怒っているつもりはないのに、自分の口調が厳しいものになったのがわかった。しかもいつもなら、慌てた表情で私をフォローするくせに今日はそれをせず微笑んでいるだけだから余計に怖くなった。泣きそうになっている私を見て、レンは優しく微笑むと腕を伸ばして私の頬に手を添えた。

「そんな顔しないでよ」
「…レンがそんなこと言うからだよ」
「なんか勘違いしてる気がする」

ふふ、と笑うとレンは体を起こしてソファに座る。そのまま私を抱き寄せると静かに、力強く抱きしめた。

「自分のことどうでもいいっていう訳じゃないよ」
「そう言ってるみたいなもんじゃん」
「だから違うって。自分で自分の幸せを考える必要がないだけだよ」
「意味わかんない」
「こういう顔して心配してくれる、俺の幸せを考えてくれる人がいるから考えてなくていいんだよ」

体を話すと私の顔を見つめてレンは言う。

「俺の幸せはいつだってハナコが考えてくれてるでしょ?」
「……うん」
「………ありがとう」

ぎゅっと再び抱きしめられる。でもなんだかおさまりが悪くて、レンを腕を振りほどいた。少し寂しそうな顔が私を見つめる。

「…俺に抱きしめられるのやだ?」
「…うん、やだ」

そう言ってレンのことを抱きしめる。レンの頭を抱え込むようにぎゅーっとすると胸のあたりでレンが嬉しそうに笑うのがわかった。抱き付くように、腕が腰に回される。よしよしと頭をなでると、幸せそうなため息が漏れた。

「幸せだよ」

小さな声でそう言われる。こんなことで幸せになるのなら。自分のことに彼が気を配れないのなら。全部私が掬って渡す。それが、彼の幸せが、私の幸せだ。
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