夏が来るたびにこんなにも夏は暑かったっけ?という感想を抱くが、今年ももちろん同じように思う。ただ今日ばかりはいつもとは一味違った。どうやら目の前に座るアントーニョもそう思っているらしく額からタラっと汗を流しながらあーとかうーとか言っている。家の中だというのにこれほどにも暑いのは長年使ってきたエアコンが今朝とうとう動かなくなってしまったからだ。修理業者に電話したものの3日は予定がイッパイでこれないとのことだった。新しいエアコンを買うなんていう余裕はウチにはない。つまりあと3日くらいはこうやって耐えなければならないのだ。溜息をつくのさえ煩わしくて、何個目かになる保冷剤で頬や首筋を冷やしていると、テーブルに保冷剤を置きその上に顔を乗っけていたアントーニョが急にこちらを向いた。

「なぁ!!」
「ん〜?」
「扇風機なかったっけ?!」
「あー…あったねぇ…どこにしまったっけなぁ…倉庫?」
「倉庫や!!絶対倉庫!!行こ!!」

どこからその元気が沸いてきたのか聞きたくなるほどの勢いで立ち上がったアントーニョは私の手を取ると家の中をバタバタと移動する。そんなに走ったらまた暑くなるし…と心の中で愚痴をこぼしながらも熱を持った手に引かれて行く。外に出なくてはいけないと言う事実ははっきり言って「だるい」の一言だったが、確かに扇風機があれば少しはマシになるのかもしれない。2つで1ユーロしかしなかったお揃いのビーチサンダルを二人して履いて庭に出る。物置と表現した方がいいような使い方しかしていないのだが、そこそこの広さがあるので倉庫ということにしておこう。

「ここ開けるん久しぶりやなあ〜!」

元気いっぱいのアントーニョであるが、実際にここを開けるのは本当に久しぶりのことなのでなんだかタイムカプセルを開けるような期待の気持ちを抱く感覚はわからなくもない。私の手を掴んでいた手が離れ、玄関を出る時に取っていた家の鍵やら車のキーがじゃらじゃらと付いた鍵の束を探っている。ようやく見つけた古ぼけた鍵を倉庫の鍵穴に差し込んで回すとガコッと鍵が外れる音がした。

「開けるで?」
「うん」

アントーニョの後ろに立ってそう返事をすると彼の手は倉庫の扉を開ける。むわっと外よりも暑苦しい空気と埃っぽい臭いが中から立ちこめてきて二人して咳き込んだ。最後に開けたのが何年前かも思いだせないほどだから、こういう展開は当然なのかもしれない。

「やっぱ一年に一回は開けて掃除せなあかんなぁ〜」
「いつもしようって言ってるのに面倒くさいって言ってるのは誰ですかぁ〜?」
「…まぁまぁそれは置いといて扇風機探そうや」
「……」

何年も放っておいたというのに倉庫の中に一つだけある電球はまだ寿命にはなっていなかった。埃が被っているスイッチを押すと、昼間でも暗い倉庫の中がぼうっと照らされる。アントーニョは首からぶら下げていた自分のタオルを三角に折ると私と口と鼻を覆うように巻きつけてきた。

「…汗くさい」
「人が親切でやったったのに何やそれぇ!ひどぉ!」
「うそ、ありがとー、早く見つけよ!」

アントーニョのさり気ない優しさにタオルの下で笑みを浮かべながら彼の背中をポンっと叩く。口を尖らせて拗ねていたのも少しの間だけですぐにニカッと笑うと元気な返事が返ってきた。

それにしても今は絶対に必要なさそうなものばかりで埋め尽くされた倉庫だと改めて思った。お目当ての扇風機はまだ行方知らずだが、代わりに捨てたくても捨てられないものたちを発見してしまっていた。これ懐かしいな、なんて思いながら見ていると奥の方でごそごそしていたアントーニョから声が上がった。

「ハナコ!!ちょお手伝って!」
「はいは〜い」

立ち上がってアントーニョの元へ行くと周りには様々なガラクタという名の思い出が転がっている。どうやらお目当ての扇風機を見つけたようだが周りに物が多すぎて無理矢理引っ張り出すと全て崩れてしまうようだった。アントーニョが支える中その腕の下をくぐり扇風機入っているダンボールをそっと抜き取り、広い所へ置く。

「はい、オッケー!」
「こ、こっちオッケーちゃう!この上のん落ちてきそうやから取ってぇ〜!」

情けない声でそう言われ小さく笑いながらアントーニョの手が支えるダンボールをそっと持つと大きさの割には意外と軽かった。二人してひょいっと覗く。埃は被っているがそれが何であるかは一瞬でわかった。

「プール!!」
「懐かしいねぇ〜毎年膨らませてたっけ」

扇風機の横にそれを置くとアントーニョが埃を気にすることなくダンボールの中から持ちあげた。萎ませて畳んではあるが膨らませて使うビニールのプールだった。劣化していそうなものだが、ビニール同士がくっついている以外は特に支障はないようだ。これも捨てれないものリスト入りだろう。

「ロヴィーノこれ好きやったなぁ〜」
「そーだねぇ…ていうか見てよあっち、全部ロヴィのものだよ」
「ほんま倉庫っちゅうかあいつの物置やなぁ」

積まれたダンボールの中から出てくるのはほとんどがロヴィーノが小さい頃に使っていたオモチャばかりで、いかにアントーニョと私が彼を甘やかしていたかよくわかる。同時に少し切ない気持ちになりながら二人で倉庫の中をぐるりと見渡した。あれもこれも、見ただけで思い出が蘇る。ロヴィーノがいた頃は毎年このプールを引っ張りだすためにこの倉庫を開けていたのだと思うと積もった埃の分だけの年月を感じて、ロヴィーノが随分大きくなってしまったことが嬉しいのか寂しいのかよくわからなくなってしまった。どうやらアントーニョも同じ感想を抱いたようでもの憂げな表情だ。

「あ、そや!このプール久しぶりに膨らまそうや!」
「え?これぇ?」

汗をたらたら流しているその姿を見る限りでは、やめといたら?と言いたいところなのだが本人がやる気満々なので止めても無駄だろう。倉庫の掃除はまた後日しっかり準備をしてからすることにして、外に出ると倉庫の中が暑すぎたせいで少し爽やかに感じた。アントーニョが巻いてくれたタオルを下にずらして首からぶら下げる。そっち持って〜と子供の様に言ってくる彼に従ってビニールプールの片側を持つとそのまま二人で広げた。べりべりと密着していたものが離れて行く音がする。

「じゃーん」
「……これは本当無駄遣いだったよねぇ」
「……2回使ったやん、プールとあとでっかいシャチの浮輪膨らますん」

いつの間にか倉庫の中から持ち出していた電動の空気入れを箱から取り出しながらアントーニョは言い訳をしている。膨らますのが大変だからという理由で購入したものの次の年には「もうこんなプールはいらねぇし!!」とロヴィーノが言い出し使うことはなくなったのだ。テラスから家の中に入ると延長コードを差し込み早速空気を入れ始めた。

「水出してくるねー」
「おー頼むわ!」

べこっと音を立てながらビニールの塊から急速にプールへと変貌して行ってるところからどうやら穴は開いていないようだ。わくわくした目でそれを見つめるアントーニョに小さく笑いつつ庭の隅にある水道の元へと行く。ホースの先端にどこかのホームセンターで買ったシャワーをつけた。そう言えばロヴィーノこれ好きだったなぁ、なんて気が付けば再び懐古モードへ突入していた。ロヴィーノがスペインの家を出て行ってどれだけの時間が経ったのだろう。ずっと一緒だと思っていたのにあっけなくその日々はロヴィーノが一人立ちすることで終わった。アントーニョがいて、ロヴィーノがいて、私がいる。そんな家族のような生活が永遠に思えた頃もあった。未だに寂しいと思ってしまう私はまさに子供離れができてない親そのものだ。

「ハナコー?」
「あ…ごめん」

なかなかホースを持ってこない私に痺れを切らしたのか、もうすでにプールを膨らまし終えたアントーニョが私の元へやってきた。

「…どないしたん?」

さすがに何年も一緒にいるだけある。鈍感鈍感と各国から言われている彼であるが、私の表情の変化はいつだって見逃さない。ぽん、と頭に手を乗せられる。そうされるとふっと安心して何故かいつも涙腺が緩んでしまう。ただ泣いているところはやっぱり見られたくないので私は迷わず水道の蛇口を捻った。

「うわっ!!何すんねん!!!」
「涼しいでしょー?」
「もうそういう次元ちゃうやろこれぇ!!」

シャワーをアントーニョの顔に向けていたおかげで彼の顔面に水が直撃した。ふわふわの髪の毛が水気を含んで萎んでいる。Tシャツの色も濃くなり、全身びしょぬれになっていた。動揺しているアントーニョめがけてもう一回シャワーを向けたら逃げられたので追いかける。馬鹿みたいな笑い声を上げながら走っている姿を御近所さんにで見られでもすれば「いい年して…」と言われること間違いなしだ。

「おわ!!」

置いてあったプールまでアントーニョを追いこめば予想通り躓いてこけた。そして神様がこっそり操作でもしたかのようにプールの中に着地している。思いっきりその上から水をかけてやれば最初は冷たがっていたものの、諦めたのかそれを甘受し始めていた。自分の一番いい体勢を探し、大人であるアントーニョには小さすぎるプールで足を膝からを外に出し完全にくつろいでいる。

「逃げないのー?」
「ええよ、涼しいしぃ〜」

唇を尖がらせてそう言う姿は負け惜しみを言っているようでカワイイなぁという感情を抱いてしまう。それを少し悔しく思いながらも水を出し続けていると突然アントーニョが体を起こし、水を出し続けている私の手をぐいっと引いた。

「ちょっ…!!」

言葉を発する間もなくアントーニョの腕に引かれ私も小さなプールにダイブした。溜まっていた水が私が入ったことでしぶきを上げて跳ねる。全身が冷たさと涼しさに包まれた。ただ下着までびしょぬれなのは確認しなくてもすぐにわかる。

「何すんの!!!」
「えーやん、涼しいやろ?」
「……まぁ」

片手に相変わらずシャワーを持ったままアントーニョに言うと悪戯小僧みたいな顔で笑って「やろ?」と嬉しそうに言う。シャワーの先をアントーニョの上半身に向けたままでいると、今度はいきなり肩を抱かれ引き寄せられた。

「俺はずっと一緒におるやろ?」
「え…?」
「…さっきの寂しそうな顔、ロヴィーノやろ」

しゃあないな〜と苦笑しながら頭を撫でられて、頭をそのままアントーニョの肩に預けた。プールの中の水に太陽が反射してきらきらと眩しい。

「俺はずっとおるから、だからもうあんな顔せんといて」
「…うん、ありがとう」

覗き込むようにして現れたアントーニョの顔に小さく笑うと唇が重なった。いつの間にか握られている手に力が入れられる。一度離れた唇にこちらからキスをすると意外そうな顔をしてまた重ねられる。

「……お前ら何してんだよ」

聞き覚えのある声がして二人とも跳ねるように離れた。とは言ってもプールの中なのでさっきのように横並びになるのが精一杯だ。ぱしゃん、と水が跳ね、相変わらず出続けているシャワーの音だけが聞こえる。

「「ロヴィーノ!!!」」
「人が折角来てやったのに見せつけたかっただけか!?いい年こいてやめろよ!!」
「え、てゆーか何で来たん?」
「アントーニョ!!てめぇ!!お前らが朝っぱらから『クーラー壊れて死んじゃう〜』とか迷惑電話してきたんだろーがちくしょーめ!!」
「あーそうやったっけ?」
「人が汗かいて扇風機持ってきてやったのに!!もう帰るからな!!」

ロヴィーノの後ろにあるのは紛れもなく扇風機だ。ふん、と鼻を鳴らして後ろを向いた彼の手を思わず掴む。そうしたのは私だけではなく反対側の手はアントーニョが掴んでいた。振り向いたロヴィーノが私たちを睨むより早く、私とアントーニョは顔を見合わせてその手を思いっきり引っ張った。

「うおっ!!」

ばしゃん、といい音を立てて小さなプールにロヴィーノがお尻から落下した。とは言っても子供用のビニールプールだ。さすがに大人3人おさまるのには大分無理があるが、私とアントーニョの間になんとかおさまったロヴィーノは顔を真っ赤にしていた。

「何すんだー!!」
「久しぶりなんだから帰るとか言わないでよ〜ロヴィ〜かわいい〜」
「やめろよ!!一昨日来たばっかだろーが!!」
「ハナコ!!あんまりベタベタすんなやぁ!!ロヴィーノ!!お前やめぇ!」
「はぁ!?俺何にもしてねぇだろ!!」
「俺は喩えお前であっても許さんからな、ハナコに近付くな」
「近づけたのはお前らだろ!!」
「ロヴィ〜こうしてるの懐かしいねぇ〜楽しいねぇ〜」

顔を真っ赤にしているロヴィーノの頬っぺたをつつくと片手でぐいっと押しのけられたが、反対側の頬はアントーニョによってつつかれている。その手さえも払いのけたロヴィーノは突然立ち上がると出しっぱなしだったシャワーを片手に持ち口元に笑みを浮かべた。そのまま私たちの方に向けられる。

「ちょ…ロヴィーノ!!」
「おまっ、何っ、顔はやめぇ!!」
「ふっ、俺をここまで呼び出してからかった仕返しだ馬鹿め!!」
「ちょっ…もう!!」

プールの中の水を手ですくい上げロヴィーノ目がけてぶっかける。見事顔面に的中し茫然とした顔で突っ立っていた。それを見て爆笑しているアントーニョも同じように水をかける。ロヴィーノはカチンと来たらしく肩をわなわなと震わせながらまたシャワーをこちらに向けてきた。夏空の下3人ではしゃぐのは何年も前と同じ光景で、ロヴィーノがこの家を出て行ったからと言ってアントーニョは横にいてくれるしロヴィーノだってなんやかんやいいながら遊びに来てくれる。きっとこれからもずっと変わらないこんな関係が続いて行くことをそっと願った。
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