アントーニョにお風呂があいたことを伝えにリビングに行くと、彼はソファの上でうつらうつら船を漕いでいた。もう23時を回っているし、今日一日走り回っていたから仕方ない。私がお風呂に入る前は「一緒に入ろうや〜!!!」と騒いでいたが、そんな元気はもうどこかに吹っ飛んでいるようだった。

「お風呂あいたよ〜」
「おー…入ってくるわぁ…」
「それじゃあ私はロヴィーノの様子見て来ようかな」
「ん、頼んだで〜」

一緒にリビングを出て、アントーニョはバスルーム、私はロヴィーノの部屋に向かった。私がお風呂に入る前に寝かしつけたはずだから今はぐっすり夢の中のはずである。黙って眠っていればそれはそれは天使のようなのだけれど、起きているとやんちゃ坊主そのものだ。音を立てないようにそっとドアを開ければ、豆電球にしていたはずの部屋はしっかりと明るく照らされていた。

「ロヴィーノ…」
「…なんだこのやろー」

ベッドの上にいる彼の手小さな手にしっかり握られているのは前にアントーニョに買ってもらったミニカーである。はぁ…、と溜息をつきながらドアをパタンと閉めたが、ロヴィーノが遊ぶのをやめる気配はない。小さなベッドにゆっくりと腰掛けるとロヴィーノはぷいっと目を逸らしてしまった。

「もう遅いよ、寝ないと」
「ねむくねー」
「嘘つき、今日はシエスタもしてないし走り回ったから疲れたでしょ?」

今日は一日アントーニョがオフだったから三人で外に出かけた。大きな自然公園で走り回ったり、近くの小川で水遊びしたり、お弁当を広げてわいわいご飯を食べたりした。わがままボーイも大層ご満足なようで終始はしゃいでいた気がする。まぁそれと同じくらいアントーニョもはしゃいでいたが。彼が突然連れてきたこの子は最初こそ私に警戒心むき出しだったが今はすっかり懐いている(はずである)。柔らかい髪の毛を撫でるとロヴィーノはイヤイヤをするように首を振ったが何も言うことはなかった。

「ね、そろそろ寝よう?」
「いやだ」
「なんで?」
「…いやだ、ねむくないっ」
「ロヴィーノ〜…」

そんなにはっきりと眠たそうな目をして言われても…と思ったが、きっと彼なりに考えるところがあるのだろう。体を少し捩ると両手でロヴィーノを抱き上げて、向かい合うように膝の上に乗せた。

「はなせ!!」
「いやー」
「はなせよぉ〜!!」
「いーや!」

恥ずかしいのかなんなのか、拒否の言葉を口にしているがロヴィーノの小さな手は私の服をきゅっと掴んでいた。さっきまで大事そうに握って遊んでいたミニカーも今やベッドの上で横転事故を起こしている。ぽんぽんとそっと背中を優しく叩いてやるとロヴィーノは完全に体重を私に預けてきた。この重みは大好きな重みだ。親子ともなんとも正しい表現方法が見つからない関係ではあるが、ロヴィーノとアントーニョと私、この三人は家族だった。ゆっくりと立ち上がるとロヴィーノの手がたどたどしく首に回された。寝れない時はだっこしてしばらくうろうろしていたらすんなり眠ってくれる。

「まだ眠たくない?」
「ねむたくねー」
「ほんと〜?」

コクコクと首を激しく縦に振るロヴィーノに苦笑を洩らしていると、遠慮がちにドアが開けられる。腕の中のロヴィーノは首をぐいっと曲げて振りかえり私は視線をそのままドアに向ける。もちろんそこにいる人物など一人しか思い当たらないのだが。アントーニョは肩からタオルを下げてTシャツと短パンというラフな格好でそこにいた。

「なんや、部屋おらんと思ったらまだここおったん?」
「うん、ずっと」
「ロヴィーノ、まだ寝てへんのかぁ?」
「うるせー」

ぷいっと怒ったようにアントーニョから視線を逸らすと、ロヴィーノはより一層私にぎゅっと密着する。やれやれ、と言った表情で二人して笑うとまるで抗議するようにロヴィーノの小さな手が強く私の服を掴んだ。

「ロヴィーノ、はよ寝んかったら大きくなれへんで〜?」
「そうだよー」

私の横に来てロヴィーノの頭をそっと撫でるアントーニョの視線から逃れるようにロヴィーノは私の首筋に顔を埋めた。

「べつにいい」
「…どうして?お兄ちゃんになれないよ?フェリシアーノに抜かされてもいいの?」
「いい」

そう返事する声は明らかに眠気を含んでいるのだが、断固として寝ることを拒否するだけでなくいつも兄貴面をしているフェリシアーノにまで負けていいという発言には私もアントーニョも驚かされる。

「おおきくなりたくねー…ちいさいままでいい」
「ロヴィーノ…?」
「どしたん、急に」
「だって…だって…」

もごもごと言い始めたロヴィーノはぐずりだしたかと思うとついには泣きだした。二人してぎょっとしていたが、アントーニョが私の腕の中からロヴィーノを抱き上げる。きっと私の腕が疲れてきていることに気付いたのだろう。

「どしたん、何があったん?言うてみ?」

アントーニョにこれでもかとばかりにしがみつきながらロヴィーノは泣いている。それをあやす姿はどう見ても父親そのものだ。カワイイなぁ、と一瞬思ったが今一番考えなくてはいけないのはロヴィーノのことだった。何かを言っているが、私にはよく聞き取れなかった。耳を傾けるアントーニョはうん、うん、と優しく相槌を打ってやっている。

「そっか、確かにそれは嫌やなぁ」

よしよし、とロヴィーノの頭を撫でてやるアントーニョに「どういうこと!?」という視線を向ける。

「大きくなったらな、お前に抱っこしてもらえんくなるからやって」

アントーニョの声にロヴィーノの泣き声が大きくなる。そう言えば今日公園にでかけた時にたくさん親子を見たが、その時にロヴィーノが「なんであいつらはだっこしてもらってねーの?」と聞いてきた。「もう大きいからね、だっこできないよ」私がそう言うとロヴィーノはその親子をじっと見つめていた。

「ロヴィーノ…」

とんでもなく嬉しくなると同時に何故か泣きそうになった。今度は私がアントーニョの手からロヴィーノを抱き上げると涙でぐちゃぐちゃの顔で彼は私に抱きついてくる。そのままベッドに座ると、アントーニョもその横に腰掛けてきた。全く、かわいいなぁ。離したくないのはこっちもなんだけどなぁ、と思いながらそっと背中をさすってやる。

「なぁ、ロヴィーノ」
「な、なんだよぉ…」

ぐすっと鼻をすすりながらロヴィーノが返事をした。いつもアントーニョに反抗的なロヴィーノもこういう時は至って素直だ。

「大きくなったら抱っこはしてもらえへんけどな、お前がすることはできるんやで」
「お、おれが?」
「そー。俺やってたまに抱っこしてーって言われるから抱っこしたるもん」
「ちょっと、アントーニョ…!」
「…だっこされたら、うれしいのかよ」

いつの間にか泣きやんでいるロヴィーノのまんまるな瞳が私を捉える。頬についている涙を親指で拭ってやるとくすぐったそうに身を捩った。

「うん、まぁ…嬉しいかな」
「な?大きくならんかったら抱っこなんか絶対無理やで」
「………うん」

そう小さく返事をしたロヴィーノは私の腕の中からそそくさと脱出すると、ベッドの中に潜り込んだ。アントーニョと目を合わせて笑うと、私はロヴィーノの両頬に一回ずつキスを落とす。いつも顔を真っ赤にして嫌がるのだが、今日もそれは変わらなかった。顔を真っ赤にして鼻まですっぽりシーツにうずくまるロヴィーノを見てアントーニョから不満の声が上がった。俺もしたかったのに…という声を無視していると急に立ち上がったアントーニョがロヴィーノの額に無理やりキスをしていた。小さな手から繰り出されるパンチを頬に食らう姿を見ながら笑う。

「おやすみ…」
「おやすみ、ロヴィーノ」

小さな声でおやすみを言うロヴィーノを置いて部屋を出た。静かにドアを閉めた後、アントーニョと見つめ合って笑う。なんて幸せなんだろうか。自然とアントーニョの手が伸びてきていきなり抱きあげられる。いわゆるお姫様だっこというやつである。

「ちょ、ちょっと!」
「…ロヴィーノには一生抱っこさせへんからな〜」

閉まっているドアに向かって小声でアントーニョが言う。さっき言っていたこととまるで違うではないか。

「子供に対抗意識?」
「大きなったらロヴィーノやって男やで」

だからアカン、と言って寝室に私を運ぼうとするアントーニョの足取りは軽いとは言えない。そのうち本当にロヴィーノの方が逞しくなるんじゃないだろうか。それでもこんな風に私を抱き上げてこんな気持ちにしてくれるのはアントーニョだけだ。これからもこうしてもらえるよう、私も「大きく」はなれない。明日からお菓子を食べるのは控えようと心に誓った。そしていつかくるかもしれないロヴィーノが私を抱っこする日、そしてそれを見て騒ぐであろうアントーニョを想像して私の口元は緩んだ。
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