翌日、私はけたたましく鳴り続ける携帯によって起こされた。いつもアラームをスヌーズモードにしていたって結局それを解除して眠りこけてしまうのだが、今鳴り響いているのはアラームではなく着信音だった。友人からのそれに出ると「今日休みなのぉ〜?風邪〜?」と言った暢気な声が聞こえてくる。ううん、行く、うん…あとで…と覚醒しない頭で言葉のキャッチボールをして電話を切ってディスプレイに映し出された時刻を見ると、とっくに1時間目が終わっている時間だった。冷水を浴びせられたようにハッと目を覚ました私は飛び起き、何かある訳でもないのに左右の確認をした。ベッドから落ちるように出て、そのまま隣の億泰の部屋に直行する。ノックもしないまま突入すると案の定大きな口を開けて涎を垂らして寝ている馬鹿の姿がそこにあった。

「億泰〜〜〜〜!!!」
「うおッ!!兄貴蹴るのは勘弁し…ってお前かよぉ」

億泰は情けない声を上げ、さらに私を一瞬形兆と間違えたがこれは仕方のないことだろう。いつだって私と億泰を起こすのは形兆の朝の仕事の一つだったのだ。携帯が発する音で起きるのは本当に久しぶりだった。いつもなら形兆が部屋のカーテンを開け、朝の光を私に浴びせ、そしてゆっくりと肩を揺する。「朝だ、さっさと支度しろ」と。私の寝癖が酷い時にはやれやれと言った表情を浮かべながら、私がはっきりと目を覚ますまで手櫛で梳いてくれる。億泰は少々バイおれンスな起こされ方をされいるようだったが。

「いいから!!遅刻だって!!」
「はぁ…?…おい!!マジにやべーぞ!!」
「だから言ってるじゃん!!」

オモチャのように飛び起きた億泰は私の言葉に携帯を見つめ、私と同じように一気に覚醒した。ヤベーヤベーと呟く億泰を置いて階段を駆け降りると洗面所で顔を洗う。顔を拭くタオルはいつもの場所に新しいのが置いてあるし、外を見たら綺麗に干されている服たちが目に入った。形兆が寝坊したとかそういう訳ではないようだ。上からドタドタと鈍臭そうな音を立てながら億泰が降りてきて、洗面所を代わり、私はまた階段を駆け上がった。自分の部屋で制服に着替え終えて鞄を引っつかむと再び階段を下りようとしたが、形兆の部屋が気になった。部屋の前まで行くが、億泰の部屋のようにいきなり入れる訳ではない。とりあえずノックをしようと手を出した時、下から億泰が私を呼ぶ声がした。

「今行くーー!!」

それに大声で返事しながらも聞き耳を立てると、中からは人の気配がした。形兆はどこかに出かけた訳ではないらしい。ノックしようと出した手は結局そのままノックできずじまいで、小さな声でいってきますを告げると私は階段を駆け降りた。

「遅ぇよぉ!!」
「どっちにしろ遅刻じゃん!ちょっと鏡見たい…どいてって」
「イテ…それよりよぉ、コレ!見ろよ」
「はぁ?」

億泰と鏡の奪い合いをしていると目の前に500円硬貨が差し出された。億泰は片方のポケットを探るともう1枚出す。

「500円が何?」
「いやよぉ、弁当取りに言ったら机の上にコレが2枚置いてあったんだって」
「え?」
「これお前の分だろ、多分」

億泰から500円を受け取る。どこからどう見てもただの500円硬貨ではあるが、問題なのはお弁当があるべき場所にコレがあったと言うことだ。いつもなら形兆が早起きして作ってくれるお弁当が二つ並んでいるはずなのだ。二人して500円を見つめ、そして目を合わせたが私にわからないことが億泰にわかるはずもなかった。わかるのはこれで昼食を買えという事実だけだ。

「ていうかとりあえず早く学校行かないと!!」
「そーだな!!」

昨日寝る前まで出しっぱなしになっていた3人分の夕食の準備はダイニングテーブルの上からは消え去っており、あのフライパンも綺麗に洗ってフックにかけられていた。億泰と並んで走りながら全てのおかしさに頭を抱える。いつもなら形兆に起こされて、洗面所に行って、用意されているご飯を食べて、お弁当を持って部屋に上がって、着替えて、洗濯物を干している形兆に私と億泰は見送られるのだ。それが今日はどうだろう。一つも当てはまらない。確かに大きな喧嘩をした日にはお弁当を作ってくれなかったりするものだが、ここまで全てがおかしいのはどうかしているとしか思えなかった。ちらっと億泰を見たが、億泰はそんなことよりも遅刻の方が重要らしくその視線は迷うことなく学校の方だけを向いていた。

「はぁ〜〜〜…馬鹿って羨ましい!!」
「あぁ!?何か言ったかぁ!?」

別に!!そう叫びながら走る。とりあえず今日は真っ直ぐ帰ろう、と心に決めた。

***

友達の誘いを断り家路を急ぐ。学校についてからは施錠忘れが気がかりだったが、形兆は家にいたようだし家に帰ったら室内が荒らされているなんていう事態にはなっていないだろう、多分。時間通りに真っ直ぐ帰ればいつも洗濯物を取り込む形兆と鉢合わせするのだが、今日はもう既に洗濯物は取り込まれていた。やっぱり形兆は家にいたのだ。よかった、とホッとしながら玄関ドアに手をかけたが、開くことはなく施錠されているせいでガン、と金属同士がぶつかる鈍い音がする。買い物にでもでかけたかな、と思いながら鞄の中から鍵を取り出した。そう言えば今日は火曜日だ。火曜日と金曜日の夕方はタイムセールをやるからって形兆はよく夕方に買い物に行く。一瞬過った不安はそれで解消されたが、自分の家だと言うのに、誰もいない家に足を踏み入れるのは少々心細かった。

「ただいまぁ…」

「遅いッ!!」と怒る顔も「今日は寄り道しなかったのか」と満足気に(少し気味が悪い)見せる笑顔も今日はない。いつもなら清々するわ〜と思うはずなのだが昨日の今日だけあってやはりどこか違和感を感じずにはいられなかった。部屋には行かずリビングに行くと隅に3人分の洗濯物がキチッと畳んで置かれている。やっと見れたいつもの光景に少しだけ安心してテレビをつけた。


夕方のドラマの再放送の再放送が終わってニュース番組に切り替わる頃、いくらなんでも億泰遅いだろ、そんで形兆も買い物長いだろ、と私の心はどこか焦り始めていた。もしかして私がドラマに見とれている間にもう帰ってきたのかな、と階段を上ってまず億泰の部屋に入った。しかしそこにあったのは脱ぎ散らかしたままのスウェットと私が朝来た時と全く同じ光景だった。次に形兆の部屋の前に行く。一呼吸置いてドアをノックするが反応はなく、恐る恐るドアを開けて顔だけ突っ込んで中を覗いたが前見た時と同じ、キチッと整頓された部屋だけがあり本人はそこにはいない。2階に上がったついでだし、と自分の部屋に戻り制服からスウェットに着替えた。開けてもいなかったカーテンの隙間から外を見ると日は随分落ちて空は薄紫へと色を変えている。制服のポケットから携帯を出すと充電器を持ってリビングに戻った。充電器を置いてからキッチン、お風呂場、和室、トイレ、物置、家の隅々まで回ってみたがやはり誰もいなかった。この家はこんなに広かったっけ。結局またリビングに戻り、億泰には「今何処〜?」、形兆には「今日の晩ご飯なに?」、それぞれにメールを送信する。いつもなら億泰と位置の取り合いになるソファに、携帯を握りしめたまま一人でゆったりと身を沈めた。
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