「今日は寄り道か?」「何時に帰宅するんだ(-_-#)」「今何処だ」「今何時だと思っている」「もう夕食ができるぞ」「だれとどこにいる」「おそい」…

後半は変換するのさえ飛ばすほど気持ちが急いているらしい。兄・形兆から毎日のように来るこのメールの数々には随分前から辟易していた。いわゆる過保護という奴である。心配してくれているのは喜ばしいことなのだろうが、それを甘受できるほど私は大人ではなかったし、まだまだそれを「ウザイ」と思う年頃だった。今日も今日とてメールを散々無視したせいで着信が大変なことになっている。はぁ〜と重い溜息を吐きながら家路を急いだが、時刻は20時過ぎ、門限は17時。また長い説教が待っているんだろうなぁ、と思って遂に着いてしまった我が家を見上げたらもう一人の兄、億泰の部屋は真っ暗で一番怒られるのはまた億泰になりそうだった。億泰はバカだから一番最後に帰ってくる奴が一番怒られるということを学習しない。僅かに胸を撫で下ろして、玄関ドアに手をかける。

「遅いッッ!!!!」
「………ごめんなさぁい」

ドアが開くか開かないか、兎に角あまりにも早すぎるタイミングで形兆の声がした。玄関で腕組をして私を睨みつけているが、まさかずっとこの格好で待っていたのだろうか。だとしたら狂気だ。他に何かすることあるだろ、と思ったがメールを一つも返さなかった私が言う台詞ではない。謝りながら靴を脱いで家に上がる。形兆がつけているピンクのかわいらしいウサギがあしらわれたエプロンは億泰と一緒にいつかの形兆の誕生日にプレゼントしたものだ。どうもそのウサギと形兆の顔のギャップで笑ってしまう。

「何故メールを返さない!?!?」
「んー友達と喋ってた」
「携帯電話の意味をわかっているのか!?携帯、どういう意味か言ってみろ」
「身につけたり、手に持ったりして歩くこと」

これまで何十回も聞かれてきた言葉の意味を辞書通りに答えるのなんてもう容易なことだ。そんな会話をしながら、部屋に直行しようとしたが後ろからの威圧で結局リビングに向かうハメになった。ああ〜今から長い説教タイムだ。そこに座れとダイニングテーブルに座らされる。テーブルの上には3組の皿とお箸が置かれていた。夕飯はまだのようだ。

「今から温めるから話はその後だ」
「…いや〜…あの〜…」
「…なんだ」
「…えっと…もう食べてきた」

その言葉に形兆の目がカッと開かれる。はっきり言って門限を破ったことよりもこっちの方がまずい。食事は家で、これが基本的な我が家のルールだ。フライパンの中からは美味しそうなハンバーグの匂いが漂ってきているが、さきほど友達とファミレスで食べたのもハンバーグだった。そりゃあモチロン形兆が作った方がおいしいのだけれど付き合いっていうものがあるし、たまには家族以外と食べたいと思うのは当然だ。

「ご、ごめんなさい…」
「……約束したよなぁ〜〜?」
「あー…」

エプロンのウサギが私に迫ってくる。形兆は億泰は別として、私を殴ったりはしない。だけどやはり怒ると怖いし、泣きたい気分になる。だって私は悪いことをした訳ではない、普通の学生としての生活をしているだけなのだから。

「違反した者は、外出、」
「ただいまぁ〜〜!!」
「……」
「……」

馬鹿デカイ馬鹿の声がした。形兆が「外出禁止」と言い切る前に帰って来た億泰を今日ばかりは褒め称えるしかない。ありがとう馬鹿。昔から挨拶はちゃんとするようにと躾けられてきたせいで(もちろん形兆にだ)、どんなことがあろうとも億泰は馬鹿の一つ覚えで挨拶だけはキッチリとする。だからこうやって門限を破った日でも元気いっぱい何事もなかったかのように帰ってくるのだ。

「あ〜オレが最後かぁ〜ッ、畜生」
「……」
「……」
「ン?」

私たちの目の前に現れた億泰は「何かありました?」という表情でこちらを見つめてきた。形兆は静かだ。

「億泰ゥ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!!」

今日一番の怒鳴り声だった。明らかにうろたえる億泰の足をふんづけると、なんとか落ち着いたのか形兆の方をちらちら見ながら言い訳を始めた。まず素直に謝れと言いたかったがこの状況では無理だ。

「エッ、なんだよォ…オレ今日は仗助と勉強してただけだぜ!?」
「えっ、勉強!?億泰が!?」
「オ〜、すげぇダロ、もう赤点は取れねーからなァ」
「赤点ンン!?そう言えばこの前の結果を見せて貰っとらんぞ…億泰、どういうことだ…」
「いやっ、それはだなァ…なぁ!?」
「はっ?私に振るな!」

何故かいきなり助け舟を求めてくる億泰に逆ギレすると彼はケチくせぇとでも言いたげな視線をよこしてきた。助け舟なんて出せる訳がない。形兆のお怒りの川を渡る船は自分のモノですら今にも転覆しそうなのに。二度と私に話しかけるな、という意味も込めて睨みつけた結果とんでもないものを発見してしまった。億泰の口元にうっすらついているのはきっと血だ。血であってくれ、決してケチャップなんてことは…

「そ、そういやぁよォ、仗助ン家の晩飯もハンバーグだったぜぇ」

なんとか「赤点」の話題から話を逸らそうとして億泰はさらなる自爆ゾーンに足を踏み入れていった。形兆の眉毛がぴくりと動く。億泰はもちろんのことそんな変化に気付きもしない。

「美味かったぜぇ〜〜、母ちゃんの手料理っていいよなァ」
「ちょっと!!億泰!!」

形兆が口を開く前に私は億泰の名前を叫ぶように呼んでいた。目をまん丸にして見つめてくる目に悪気が全くないのが余計に頂けない。決して嫌味とかそういうことが言いたくて言っている訳ではなく、ただ純粋な発言であることが問題だった。シーンとした空気、こうやって2テンポくらい置いて形兆がドッカーンと爆発するのがいつものお決まりだ。そのことにようやく気付いたのか億泰は私と同じように恐る恐る形兆を見つめた。

「い、いや、兄貴のハンバーグの方が美味いぜぇ!?」
「そういう問題じゃない!!」

私が億泰をそう言って怒鳴りつけている間に、形兆は黙ってエプロンを脱ぐ。一呼吸置いて私たちを一瞥した。足を一歩踏み出したので私も億泰も(特に億泰は腕で顔をガードしている)目を瞑った。だが数秒が経過しても億泰が吹っ飛ばされることも、私が「この不良娘がッ!」と怒鳴り散らされることもなかった。そっと目を開けると形兆は黙ってリビングから2階にある自分の部屋へと向かっていた。その背中を二人して見つめて、その背中が見えなくなった瞬間二人揃って顔を見合わせた。

「ど、どうしたんだろ…」
「わ、わかんねぇよぉ…」
「…ていうか億泰!あんた空気読みなさいよぉ!」
「いてぇ〜〜ッッ!」

形兆がそうしなかった代わりと言ってはなんだが、億泰の背中をバシっと叩くと眉を下げて痛がった。ついでにティッシュを差し出すと相変わらずのキョトン顔だったので、無理矢理億泰の口元を拭った。

「な、なんだよぉ」
「ケチャップついてる」
「あぁ〜サンキュウ…」
「…形兆怒ってるかなぁ」
「…今日はそっとしとこうぜ」

そうだねぇ、と相槌を打ちながらも頭の中では形兆のことが気がかりだった。最近こういうことが多かったからそろそろ雷が落ちる頃だと思っていたのに、それが落ちることなくどこかに行ってしまった。流石の億泰もおかしいと思ったらしくずっと怪訝な表情のままだ。結局その日は二言三言交わすとそれぞれの部屋に戻ったが、私が寝る頃になってもフライパンの中のハンバーグが一つも減ることはなかった。
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -