プロシュートは面倒な男だ。正確に言えばプロシュートとその女が面倒だった。できることなら関わりたくない。こういう面倒な分野はできることならホルマジオ辺りに任せたいのだが、このオレがわざわざ今こうして重い腰を上げようとしているのには訳がある。全てはプロシュートが面倒ということに起因するのだ。今日で幾度目かになる溜息をつきながら自室のドアを開けるとプロシュートの怒鳴り声が響いてきた。

「こうすりゃあここから出れねぇだろうがッ!ふざけんじゃねぇぞ!!何回も同じことをさせるんじゃねぇッ!!」

そのセリフそのままお前に返してやろうかと思いながらリビングのドアを開ける。他の部屋から物音ひとつしなかったのでどうやらオレを含めた三人以外は任務やその他の用事で外に出ているようだった。オレの顔を見たプロシュートはいつもはピシッと整っている髪の毛を乱して顔を真っ赤にしていた。そして奴の隣にはスタンドがいる。こいつがプライドを傷つけられた時、本人は鏡がないからわかっていないだろうが中々に不細工な面になっていて、横にいるスタンド以上に不気味だった。

「相変わらずお節介野郎だなァ〜?」
「あぁそうだよなァ〜……」

オレは普段から小さなことに苛つきを覚える性格であることを心得ていたが、目の前に自分よりキレている奴がいると不思議と冷静な気持ちになった。きっとキレたらオレもこんな風に醜い顔になるんだろうなと思うとそんな気分にはなれなかった。世間にうじゃうじゃといる女より美しい顔を持つ男ですらこれほどに醜いのならきっとオレは見るに堪えない顔になるのだろう。テーブルの上にあるペットボトルの蓋を取ると、中を出してそのまま凍らせた。歪な塊になった水をプロシュートの正面でぶっ倒れている老婆にくれてやるとしわくちゃな手がゆっくりとその氷に触れる。と同時にその手が若い女のものになった。こうして見ると不気味な光景だなァ、と思って次の行動を見守っていると背後で止まることなく踵が床を叩く音がする。老婆から女へと変わった手が氷を引き寄せ、抱きしめるようにくっついた。

「こいつはなァ、また浮気してやがったんだッ!!有り得るか!?なぁギアッチョ!!」
「あ〜?そうだな」

本当に面倒くさい。空返事をしてみたが、プロシュートは頭に血が昇りっぱなしのようで一つも気に留める気配はなかった。老婆の顔が徐々に女の顔へと戻って行く光景を見るのは奇妙な気分だった。

「オレの女のくせして!!何が不満だってんだ!!ええ!?」
「……」
「有り得ねぇ!有り得ねぇ!有り得ねぇ!!それによォ、邪魔してんじゃねーぜ、ギアッチョよォー!!」

プロシュートがリビングの椅子を蹴りあげるとそのまま吹っ飛び椅子の脚はバラバラになった。こりゃあ任務から帰ってきたホルマジオがまた日曜大工をするハメになりそうだ。プロシュートがスタンドを使ってオレに何もしてこないのは、しないのではなくできないのだ。アジトの中でスタンドを出すことなどほとんどないが、オレは今氷のスーツを身にまとっていた。そうでもしないとプロシュートのせいで望んでもないのにジジイになっちまうからだ。キレたこいつは見境なく誰でもそういう風にしてしまうのが厄介だった。

「若いからってチヤホヤされてるだけなのに調子に乗りやがって…だからババアにしてやってんのに…何でテメーはいつもオレの邪魔をするんだ!?」
「邪魔されたくなきゃ別のとこでやりゃあいいだろ」

オレがそう言うと、プロシュートはわなわなと震えた後、また一つ椅子を蹴り飛ばしてから自分の部屋へと戻って行った。ホルマジオであればあいつの話をゆっくり聞いてやるのだろうが、生憎オレはひどく短気であったし、オレがアドバイスするなら「他の女にしろよ」という一言で片付けるだろう。だってそうだろ、こんな面倒な女と付き合うくらいならもっと別のを探す。ホルマジオに件名に「事件発生」とだけ入れてメールを送信した。数十分もしたらアジトに帰ってきて、めんどくさいと言いながらも「しょうがねぇなぁ〜」の一言を呟きプロシュートの部屋の扉をノックするのだろう。

「ギアッチョ〜グラッツェ!」
「ドウイタシマシテ、殺すぞ」

足元から聞こえてきた礼にそう返事をすると元の姿に戻った女はへらへらと笑った。彼女の手元にある携帯電話を蹴り飛ばしいつもの罵詈雑言をいくつか並べたが、髪まで濡らした女は屁でもないとでも言う表情でゆっくりと起き上がっていた。暢気にタオルまで要求してくるこの女を持て余しているのは何もプロシュートだけではない。事実オレは今さっき蹴った携帯電話からのSOSに応えたからここにいる訳だし、いつの間にかそこらに放ってあったタオルを手にして彼女に投げてよこしている。「助けて!」といういつものメールを無視できないのはアジトをめちゃくちゃにされないようにと、無視するのが心地悪いからだ。でなかったらこんなに面倒なことは相手にしない。当然だ。

「テメーらが喧嘩するのは勝手だけどな、オレを巻き込むな!!」
「ごめんなさぁい」
「謝る気ねぇだろ」
「んー…あるよ?」
「…大体なんで浮気なんてすんだよ、プロシュートが不満なら別れりゃいいだろ、そうすりゃ平和だ」
「不満なんてないよ」

オレが投げたタオルで体を拭きながら彼女は言う。氷が解けた水だけあって少し寒そうだ。僅かに震える唇を見ながら「じゃあなんだよ」オレは聞いた。聞いたところでどうにかしてやろうと言う責任感なんてものはちらりとも芽生えない。そういうのはさっきも言った通りホルマジオにおまかせなのだ。あいつには冗談でハゲハゲ言っているがそのうち本当のハゲになる日も近いのではないだろうか。まぁオレの知ったことではないが。

「じゃあなんだよ」
「だってこうでもしないとプロシュートはどっか行っちゃうから」
「はぁ?」
「プロシュートが浮気するってこと」
「……」
「気を引きたいだけなの」

呟くように言う姿がいつもと違って見えた。女というより少女のような表情を浮かべる彼女を見ているのはあまりよくない気がした。一時の気の迷いでもなんでも、面倒事はごめんだ。

「馬鹿ヤローだな」
「うん、馬鹿ヤローだよ」

にこりと笑う姿から顔を背けると「もう巻き込むな」とだけ告げてオレは自室へと戻った。また携帯が鳴ればオレは彼女を助けに行くのだろう。迷惑だと言いつつこの足はいつだって動く。真実を知った今なら尚更だ。遠くで玄関のドアが開く音がする。思っていたより随分早い。バタバタと家に上がり込んできているのはホルマジオだろう。ハゲ1号は惨劇が繰り広げたとしか思えないリビングを見て声を上げている。放っておけばハゲ2号になりそうなオレは頭をかきむしってさっきの表情と芽生えそうになっている余計な感情を頭から消した。
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