赤は嫌いだ。いつもは青白い月が不気味に赤い時がある。そんな日は決まって気分がずんと沈んでこのまま浮き上がってこれないのではないかと思う。煙草の味もなんだかよくわからなくて半分も行かないうちに灰皿に押し付けてはまた新しいものに火をつけたりする。開けっ放しの窓からは夜特有の少し冷たい風が吹いてきて髪を揺らした。視界にちらちら入る赤に良い記憶などない。ため息と一緒に煙を吐き出して肩の力を抜いたら体重がかかったのか腰かけていたベッドのスプリングがぎしりと小さな音を立てた。

「悟浄ぉ〜」

ノックもなしに情けない声と一緒に部屋のドアが開く。こんな旅先で知り合いなんていないし、仲間内の野郎共の中にこんな声で俺を呼ぶやつは一人もいない。つまりそれは紅一点の彼女でしかない訳で、わざわざ見なくてもそれが誰なのかわかった。火をつけたばかりの煙草をくわえたままゆっくりと視線を向ければ彼女の姿。

「…なんだよ」
「暇ぁ〜」
「嘘吐け」

既に押し潰されている煙草でいっぱいの灰皿にまた煙草を押し付けた。その間に彼女は俺の横へとちょこんと腰かける。もしこんな夜じゃなかったらそのまま押し倒して朝までコースだというのに俺がそんなことをこんな日にはできないというのがわかっていてわざと来ているのではないだろうか。

「で、何の用ですか」
「…月が怖いなぁと思って」
「またそれかよ…」

赤い月は不吉の予兆だとよく言われている。大地震があるだとか、天変地異の前触れだと言って恐れる人は少なくないらしい。彼女もその一人らしく赤い月の日は寝れないだの暇だのと下手すぎる言い訳をつけて俺の部屋を訪れる訳だ。

「この前八戒に聞いたろ」
「あれよくわかんなかった。八戒難しいことばっか言うんだもん」
「お前ね…悟空と同レベルかよ」

八戒が言うには大気中の塵やらが邪魔をして光の三原色の中の赤だけが地上に届いているため月が赤く見えるだけで何かの前触れではないらしい。その話を散々聞いたというのに彼女の脳ミソは八戒サマの有難いお話を拒否したようだった。

「悟浄、膝枕」
「はぁ!?そういうのは普通なぁ、」

俺が言い終えるより早く彼女の頭が俺の太ももの上に乗った。顔を俺と同じ方向に向けているせいてうなじが見えて少しばかりむらっとする。さっきまでの感傷モードはどこへ行ったのかとあまりに無節操な自分に喝を入れた。男とは全くもって不器用な生き物だ。むらっときたものの何もせず一瞬宙を泳がせた手をそのまま自分の後ろに着く俺はそんな不器用な男たちの中でも底辺に属するのではないだろうか。

「ったく…怖いなら三蔵サマのとこにでも行けよ」
「…あっちのが怖い」
「……確かにな」

盗られるのも癪だし、という言葉は飲み込んだ。太ももに布越しに伝わってくる温もりに何故か安心した。

「おやすみ」
「…え、なにお前このまま寝る気?」
「当たり前でしょ」
「おい待て俺を寝かせろ」

適当にそのまま後ろに倒れればいいじゃなーいという言葉が欠伸と共に彼女から吐き出された。ふざけんじゃねーぞ。俺は我儘坊主の使いっ走りやら八戒の無言の圧力や猿の子守りに疲弊しているというのに、この女に俺を労うという気持ちは欠片もないらしい。

「大体何が怖いんだよ」
「…悟浄がどこかに行っちゃいそうで」
「は?」
「…」
「…なんだよ、それ」

ぽつりと一言だけ漏らすと彼女は黙り込んだ。俺はどうやら彼女に心配をかけてしまっているらしい。彼女に自分の過去を話したことも弱味も見せたこともないつもりだったがどうやら見破られてたようだ。そうなるときっと今も相当情けない顔をしているのだろう。それこそたかだか赤い月ごときでいちいち暗鬱になるなんてどうかしている。頭ではそうわかっていても上手くいかないのが俺の不器用さなのかもしれない。そして素直に心配が出来ない彼女も。

「何、心配してくれてんの」
「…違うもん」
「そうかい」

ありがとうの意味をこめて頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてやると彼女の耳が赤く染まった。この赤だけはどうしようもなく愛しいなぁと思いながら最後の一本を取り出すと口にくわえてから火をつけた。
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