幽霊が出た。ぐっすりと眠っていた私を叩き起こしたのはピンポンピンポピンポンと間髪入れずに鳴り続けるインターホンと、ベッドから遠い玄関のドアをドンドンとノックする音だった。未だ覚醒しない頭をとりあえず布団の中に突っ込む。紛れもない、これは心霊現象だ。眠れ眠れ眠れと頭の中で念じている私の耳にインターホンとノック以外の音が聞こえてきた。野太い声は間違いない、聞き間違いではない。

「開けろ!!今すぐに!!ここを!!開けろ!!」

ここがいわゆる閑静な住宅街というやつならば確実に通報されてしまいそうな声の大きさだった。バッと起き上がると足に絡みつく布団を蹴り飛ばして急いで玄関に向かった。玄関の電気を付けてチェーンを外して鍵を開けようとしている間にもドアは叩かれ、外からは大声、そしてドアノブは外からガチャガチャとやられている。ロックを外した瞬間ドアが開いて目の前には大きな男、心霊現象の原因がいた。

「何をしていた!!??」
「ルート……」
「答えろ!!!」
「寝てた、熟睡してました」
「そうか!!!!」

一体全体どうしたの、という言葉はむわっと漂ってきたアルコールの匂いに押し込められた。ひとまずルートヴィッヒを家の中に引き入れるとさっきまでの大声はどこに行ってしまったのか、何やらむにゃむにゃ言っている。どぶ川のように濁った目は半開き、頬は赤く染まっていた。ここまでベロベロに酔っているルートを見たのは初めてだ。一体誰と飲みこんな状態になったのかは知らないが、自分の家に帰らずに私の家に来る時点で相当キている。よくここまで来れたものだ。覚束ない足元を見ながら、頼むからここで寝ないでくれ、と願う。さすがに私の力ではルートをベッドに運ぶことは叶わない。

「ルート…あの、ベッドまで行ける?」
「あぁ!!行ける!俺は行けるぞぉ!!」

高らかにそう宣言する背中をそっと見つめていたらいきなりぐるんとルートが振り向いた。壁に手をついた彼に慌てて近くに寄れば片方の腕が私を引き寄せる。びっくりしてルートを見上げると相も変わらずとろんとした目で私を見つめていた。

「ル、ルート、大丈夫?」
「……」

最近やっと身だしなみに気を使い始めた彼が、バカの一つ覚えみたいに振りまいている香水の匂いも今日ばかりは酒の匂いに消されてしまっている。というかもしかしたら今日は付けていないのかもしれない。それくらい濃い匂いは、がっちりと抱きしめられた腕の中に充満していた。大きな声で喋ってみたり、呟いてみたりと素面のルートが見ればぷりぷりと怒りだしそうな挙動であったが、ついには黙りこくった。これはもしかしてリバースする合図か!?と身を固くしたがどうやらそうではないらしい。吐き出されたのは今日飲んだお酒や食べ物ではないもっと別のものだった。

「…好きだ」
「え、え?」
「好きだ…愛してるんだ」

さすがに思考が停止した。もちろん、私とルートは世間一般から見てお付き合いをさせて頂いており恋人という言葉で括られる。だがこうして彼が口に出してそんなことを言うのはフェリシアーノがパスタを食べなくなったり、アーサーの料理が美味しかったり、フランシスの性欲がなくなったり、ギルベルトが大勢の友人に囲まれそれどころか両手に女を抱えて持て余すくらい、とにかく天と地が返るほどの出来事なのだ。完全に固まっている私を気にも留めずに相変わらず愛の言葉を吐き続ける。もしかして中にフランシスでも入っているのだろうか、もしくは近代文明の著しい発展により生み出されたルートそっくりのロボットなのか。彼の胸板を軽くノックしてみてもいつものムキムキだったし中に誰かいる気配はもちろんない。

「どうした」
「ル、ルートぉ…」

いつも恥ずかしがって顔を真っ赤にするのはルートの方なのに今日ばかりは私が顔を赤くする番だった。ルートの胸を叩いたからか、ようやく体を離してくれたが逞しい腕が私から離れる気配はない。私の顔を見るとルートはくすりと笑った。普段ほとんど見たことのない表情に心臓が震える。これ以上見てられなくて早く寝よう、と言ってルートの腕を振りほどくようにするとその小さな衝撃に巨体が揺らいだ。

「お…?」
「ちょ、ちょっと!」

意識があるお陰で豪快には倒れなかったが崩れ落ちるようにルートは床に着地した。私はというと、絶対に支えきれる訳もないのに支えようとし、さらにルートが腕を引っ張ったせいでルートの上に着地していた。

「だ、大丈夫?」
「あぁ…大丈夫、大丈夫だ…」
「ねぇ、本当どうしたの?酔ってるから?」

私の腕を引いて寝ころびながら抱きしめてくるルートにそう問うとゆっくりと髪を撫でていた手が止まる。腕をルートの胸の上で突いて、少し体を起こすと匍匐前進のようにしてルートの体の上で動く。やがて相変わらず血色の良すぎるルートの顔と不安そうな瞳に出会った。

「…浮気でもしたの?」
「違う!!断じて、そんなことは、していない!!」
「…じゃあ何、酔ってるにしてもいつもと違いすぎるよ」

浮気は言ってみただけだ。この男にそんな甲斐性はないし、器用でもないのにできる訳がない。ただそんなありもしないことを疑ってしまうほどありえないことが起こっているのだ。

「……酔ってるからだ」
「え?」

片腕をついて起き上がったルートの足の間に座る形になる。私の肩にルートの頭が乗っかった。相変わらず酒臭いがそこは目をつむろう。

「…こういう時しか言えんからな」
「な、何を?」
「酔っている時くらいしか気持ちを伝えれん」

言葉を発する度に濃いアルコールの匂いがしたがもうそんなことを気にならなくなっていた。ぼそぼそと話す言葉に耳を傾けるも、生まれるのは戸惑いばかりだった。慣れないことに対応が追い付かない。いつも以上にうるさい心臓の音にどうやらこれだけ密着していてもルートは気付いていないようだった。首をゆっくりと動かして見えたルートの耳朶は赤く染まっていたが、その赤さがアルコートによるものなのか、それとももっと別の何かなのかは私にはわからなかった。

「フェリシアーノのようなことは照れてできん」
「……うん」
「…ずっと一緒にいてくれ」

そう言って肩から頭が離れ、目の前に現れる。普段は照れて照れて自らはほとんどしてくれないキスが降ってきた。最初のうちは歯と歯が衝突するような雑なキスばかりをくれていたくせに随分と変わったものだなぁと何故か冷静になった頭で考える。こんなに酔ってるのに。

「……ルート、本当に酔ってるんだよね?」
「あっ、当たり前だろう!!!」
「そっか」

赤い顔が更にボッと赤くなった気がしたが、その顔はまた私の肩の上に乗ってしまったため確認は取れなかった。笑いたいのを我慢してルートの背中に腕を回す。もちろん回り切ることはない。これ以上詮索をするのはよそう。ルートが酔っていようが、酔っている演技をしてようが今それは重要なことではなかった。重要なのは気持ちを伝えてくれたこと、私と彼の気持ちが同じこと、そして酒の力に頼ってでも伝えようとしてくれた気持ち。やがて耳元から規則正しい寝息が聞こえてくる。眠ってしまって力の抜けた体を支えれるほど強靭な肉体を持っている訳ではないので、廊下の壁に背中を預けた。覆いかぶさるようにしてぐっすりおやすみ中のルートは実に重い。実に重いのだが、明日の朝までこの重すぎる布団に包まれて寝るのも悪くないとその腕の中で目を閉じたのだった。


ひみつの夜



「ルート…?」

目が覚めるととっくに朝だった。廊下で寝たはずなのにいつの間にか私はベッドの中できちんと布団をかぶって眠っていた。昨日のことは都合のいい夢だったのかと思ったが、未だ鼻に残るアルコールの香りと起き上がった視線の先にある大きな後ろ姿にそれは違うということを知る。私の声に振り向くルートはどこかぎょっとしていた。私が口を開く前に早口で捲し立てられる。

「やっと起きたか昨日の記憶が全くなくてな迷惑をかけたようだすまないフェリシアーノと飲んでいたら途中で記憶がなくなってなアイツはちゃんと帰れたのか若干不安ではあるがまぁ男だしそんなに心配することもないだろうそう言えば朝食を作っているんだが食べるか紅茶とコーヒーどちらがいい」
「………紅茶」
「そうか!」

くるりとキッチンに向き直るルートを見て急いでベッドを抜け出す。大きな背中に後ろから抱きついて腰に手を回すとぴたっと彼の動きが止まった。

「ど、どうした」
「ルート大好き」
「なっ、何を朝から…!」

危ないから離れろ!という声に渋々離れたが、赤かった耳は先程より赤くなっていた。ベッドからでもルートが照れていることは見逃さなかった。昨日のことは二人だけの秘密だけれど、仕方なく私だけの秘密にしてやろう。
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