※ブラコンとシスコンの話





可愛いらしい人だった。流し台にあるお皿とティーカップの数はいつもより1つ多い。付いた泡を洗い流しているところで玄関の方からただいまの声が聞こえてきた。タオルで手を拭いて振り向くと丁度彼女を送って帰ってきたフランシスがキッチンに顔を出した。

「ただいま」
「おかえり」
「…片付けくらい俺がしたのに」
「ん、いいよ」
「今日悪かったな、なんか」
「…彼女いい子だね」

今日はフランシスの彼女がウチに遊びに来た。今日は出かけると聞いていたので家で一人でゆっくり過ごそうと思っていたのだが、彼が出かけて数時間もしないうちに携帯電話がやかましく鳴って、電話口からは1時間以内に家に着くこと、彼女も一緒に行くことが手短に伝えられた。悪い、と何度も謝る彼に少しだけ笑いそうになった。フランシス、兄の彼女を見るのはきちんと見るのは初めてだった。彼の歴代の彼女の姿は写真とか街中で偶然会ったくらいでほとんど関わったことがなかった。フランシスがあまり話したがらなかったことが大きいと思う。彼女ができた別れたなんて話も私から聞かない限り話さない。そんな彼が彼女を家に連れてくるなんてことは異例だった。こっちとしても何をすればいいかわからなくて部屋着からこの前買ったばかりのワンピースに着替えてケバくならない程度に化粧をして、いつもは2セットしか出さないティーカップを3セット出す。そんなことだけなのに私の心臓は何故か煩かった。

「どうしてもって言って聞かなくてな…」
「別に気にしてないって」

フランシスの彼女はとびきり可愛かった。さすがに女優みたいだとは言わないけれど、服装もさることながら雰囲気が可愛い。その雰囲気に飲まれてしまいそうで、その横に立つフランシスが遠い他人のように見えた。

「なぁ」
「なに?」

洗い終わったティーカップを布巾で拭く私の隣に来て手持無沙汰にしているフランシスの表情はずっと罪悪感に悩まされているようなものだった。機嫌を取るように私の頭の上に手が乗せられる。

「それ終わったら飯食いにいかないか?久しぶりに外食でもしよう」
「…ねぇ、あの人と結婚するの?」

今までずっとカップに向けていた視線をフランシスに向けてそう聞けばぎょっとしたような表情をした後に即答で素っ頓狂な声と一緒にノーの返事が返ってきた。

「はぁ!?ないない!!」
「今のところは、でしょ?」
「いや…まあ、なぁ?」

曖昧な返事をするフランシスを見つめ返せば彼の顔には困惑の色が広がる。妹さんがいるって聞いたら会いたくなっちゃって、と笑っていた女の子は少なからず結婚を意識しているはずだ。そうでなかったら自分の彼氏の家族と会う必要なんてほとんどない。結婚してもおかしくない年だし、私が口出しする問題でもない。結婚すればフランシスはずっと二人で暮らしてきたこの家を出ていくのだろうか。

「結婚なんてまだ先の話…」
「…結婚なんて、嫌だよ」

フランシスはいつだって私に甘かった。元から女の子には優しくしてしまうタチなのだろうが、特別妹である私には優しかった。大抵どんな我儘だって聞いてくれたし、自分に彼女がいても私に予定がなくて一人だとわかればクリスマスだって彼女との記念日だって私と一緒に過ごしてくれた。そんな兄が大好きだったけれど、私もいつまでもコドモじゃないし我儘は控えてきたつもりだったがコレばかりはどうも嫌だった。

「そんなの、寂しいよ…」

ブラコンでもなんとでも呼べばいい。フランシスが家を出ていくことを想像しただけで泣きそうだった。頭に乗っていた手が離れる。はぁ、という溜息が彼の口から吐き出される。さすがに怒っただろうか。いつまでも我儘を言うなと、ついに怒られるのだろうか。そんな一瞬の不安は文字通り一瞬だけで終わる。優しく、抱きしめられた。

「お前はなんでそう…いきなり可愛いこと言うかねぇ」
「…怒らないの?」
「なんで怒るんだよ」

よしよしと子供をあやすように頭を撫でられる。目の端に少しだけ浮かんだ涙をわからないようにフランシスの服に押しつけた。

「嬉しいよ」
「…」
「そうだな、結婚するとしてもお前がした後だよ。絶対お前を1人にはしない」
「…うん…」
「…まだ信用してないだろ?」

図星だったのでこくんと頷くと、堪えたような笑い声がした。

「なぁ、俺がお前を1人にしたことがある?」
「……ない」
「俺はうそつき?」
「…ううん」
「約束は必ず守るから、もう彼女も連れてこない」

その言葉にフランシスの胸を押して体を離し、顔を上げる。私は別にそういうことがしたい訳じゃない。フランシスにはフランシスで幸せになってほしい。私だけ幸せになって今度はフランシスが1人になると言うのだろうか。

「お前が言いたいことはわかるよ」

私が口を開く前にフランシスが先手を打った。

「でもな、彼女なんてモンはいくらでも作れるんだよ」
「…」
「だけど妹は世界に1人、お前だけなんだ。わかる?」
「でも…」
「お前が一番、特別な女なんだよ。だからもうそんな顔するな」

フランシスの親指が私の頬に触れていつの間にか出ていた涙を優しく拭った。真っ直ぐな瞳と柔らかい笑みには首を縦に振るしかなかった。

「うん…」
「ん、いいこ」

鼻の先にキスを落とされる。私はきっと世界で一番幸せな妹で、そして世界で一番ずるい女だと思う。

「その代わり、お前の結婚相手は俺が許した相手じゃないとだめだぞ」
「わかってるよ」

そう言って笑うとフランシスも一緒になって笑った。さて、と話題を変えるように私の頭に手を乗せる。何食べに行く?と聞いてくる彼に、数秒悩んでリクエストを付きつけた。

「ん〜、今日はお兄ちゃんのご飯が食べたい」
「折角高い店に連れていってやろうと思ってたのに、いいの?」
「うん、いい」
「…ていうか久しぶりだな」
「…何が?」
「…いいや、なんでも」

さぁ今日は気合入れて作ってやるかな、と言いながら彼は腕まくりをする。彼も私もとぼけたが本当に久しぶりだった。「お兄ちゃん」と呼ぶのは。最近はずっとフランシスと呼び捨てにしていた。彼の彼女たちもそうしているからという対抗心からだったがどうしてもお兄ちゃんと呼びたくなった。彼にとって妹が私しかいないように私にとっても「お兄ちゃん」と呼べる存在は世界にたった1人なのだ。

「お兄ちゃん」
「ん?」
「手伝う」
「え?いいよ。座ってな」
「一緒に作りたい」
「…わかったよ。じゃあじゃがいも出して皮むいて」
「うん」

こうして過ごせる時間があと何日、何年あるか私は知らない。だからこそ大切にするべきだと思う。少なくとも暫くは結婚なんて文字から程遠いけれどいつか終わりがくるまではずっとこうしていたい。そもそもお兄ちゃんの審査を通り抜けれる猛者は現れるのだろうか。

「花嫁修業しとかないとね」
「…おいおい俺あと10年は結婚許さないよ?」

とりあえずあと10年はこうしてられるらしい。
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