時々、全てを飲み込んでしまいそうな夜がくる。どきりとさせられるほどに。いつもと同じ夜のはずなのに、不思議と外が妙に静かに感じる夜。少しだけ冷えている爪先を丸めながらココアが入ったマグカップを傾ける。私はこんな夜が好きだった。世間の様子を伝えるニュースもまるで違う世界の出来事のように感じる。自分だけが世界から切り取られたような感覚。窓を開けたら流れてくるのは冷たい空気だけで、人は誰もいなくて、そんな妄想すら駆り立てた。世界には私だけ。そんな雰囲気に浸りたくて、テレビのリモコンを手に取れば、インターホンが鳴るかわりに、鍵が外からがちゃりと開く音がしたあと、ドアが開いた。

「入んぞー」

私の世界をぶち壊したのは銀色の髪だった。あー寒ぃと呟きながらずかずかと上がり込んでくる姿はまさにデストロイヤー。呆れたように見つめていると、私の片手のマグカップを奪い取ってごくりと飲みほした。

「なんだよ間抜けな顔して」
「…言葉を探してるけど見つからないだけ」
「嬉しすぎて?」

にやりと笑う口元。持ったままだったリモコンをベッドに置くと、枕をその顔に押し付けてやった。変な声を上げた銀時の手からマグカップを奪って私は立ち上がる。狭いキッチンに立って小さな鍋に冷蔵庫から取り出した牛乳を二人分注いで火をつけた。食器棚からもう一つマグカップを取り出すと、さっきのマグカップの横に並べる。

「何、怒ってんの?」
「なんで」
「いや、冷てーから」

私が顔に押し付けた枕を抱きしめながら、銀時はベッドの上であぐらを掻いている。その格好のまま、ばふっと横になると片腕で頭を支えながらテレビのリモコンを手にしていた。

「もっとよォ、会いたかったわダーリン的な?そういうのねーの?」
「それされて嬉しい?」
「…世界が終わるのかなとは思うな」
「本当失礼」

インスタントのココアをそれぞれのマグカップに入れながら苦笑していると、枕を抱えたまま銀時が私の背後にくる。どうやらテレビは消したようで部屋の中は実に静かだ。

「テレビつまんないでしょ」
「何もかもつまんねーよつまんなさすぎて逆に全部おもしれーよ」
「訳わかんない」
「わかんなくていい」

ぽすり、と枕が落とされる。牛乳の火を見ていた私が、足に触れる枕の感覚に顔をあげるのと、銀時の腕がゆっくりと腰に回さるのは同時だった。力強く引き寄せられる。何も言わずに頭に乗せられた彼の顎が少しばかり重い。あまり熱いのは目が覚めるだけだろう、と思ってまだ沸騰はしていないけれど火を止めた。私の一連の動作なんて気にしないようにしがみついたままなものだから少し動きづらいけれど、うっすら湯気の立つ牛乳をマグカップに注いだ。ティースプーンでぐるぐるとかき混ぜればココアと牛乳がしっかりと融合する。二つ分完成させて片方を真後ろにいる銀時の口元に近付けた。

「はい」
「…ん」

腰に回していた手を片方外すとマグカップを持っている私の手の上からその手を重ねてマグカップを傾けていた。そんなに熱くないおかげか、ごくごくと真夏にポカリでも飲み干すような勢いだ。

「うめぇ」
「そりゃあよかった」

空になったマグカップをシンクに置いて私も自分の分を飲む。いつの間にか横に来ている銀時の顔は私をじっと見つめていた。彼と同じように一気に飲みほす。マグカップを隣り合わせにしてから、ゆっくりと彼の腕を解きながら後ろを振り向いた。そこにあるのは捨てられた子犬のような顔。どうも放っておけないなあ、とこの顔を見るたびに思う。

「…寝よっか」
「…おう」

二人してベッドに潜りこめば、銀時がぎゅうっと抱きしめてくる。特にそれ以上何かをする訳ではない。何も話さずにただ黙って抱きしめてくる。いつだって冗談や、憎まれ口を叩いているくせにだ。銀時が静かに私の元を訪れるのは決まってこんな夜だ。本人は決して口に出さないけれど、きっとどうしようもなく寂しくなるに違いない。弱弱しく感じるのもきっと寂しさを纏っているから。とくん、とくん、と落ち着いた心音を聞きながら私はゆっくりと目を閉じる。世界にひとり、それはそれで素敵かもしれないという時々浮かぶ考えはいつも銀時によって払拭される。私がよくても彼はだめなのだ。どうしても、驚くほど脆い彼を世界に一人放り出すことなんてできない。彼を広い世界にひとり、なんて。結局私が依存しているのかもしれない。
狭いベッドに広がるふたりの世界で私は幸せと一緒に夜を跨ぐ。
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