酒と香水の匂いを纏った長身の男に肩を貸すのにはもう慣れた。携帯の着信だってほとんどがこの男からで、と言ってもこの男の携帯からなだけで電話口にいるのは必ず女だ。

「あ〜気分がええのー」
「そのまま天国でも行きますか」
「アッハッハッ恐ろしいこと言うもんじゃなか」

ほれほれ落ち着くきに、などと言いながら頬擦りしてくるのをため息であしらいながら歩く。坂本辰馬はいつもこうだ。江戸に行くと必ず潰れるまで飲んで自分一人では帰れない状態にまで陥る。大抵キャバクラから迎えに来いとの連絡が来るのだ。空っぽの頭で財布を空っぽにするのが得意な彼はタクシーで帰るお金すら持ち合わせていない。いつも女の私に容赦なく体重を預けてくるものだから、知らず知らずのうちに体力はついた気がする。そこは感謝すべきところかもしれない。

「あなたは商売の才はあっても自分の財布の管理はできないんですね」
「ん、嫌味かぁ?」
「悪口です」
「そーかそーか、アッハッハッ」

安っぽい偽りの愛にお金を払うなんて馬鹿だ。時代の流れを読むことはできても面の皮の奥を読むことができない彼にはほとほと困り果てている。いくら説教をしたって笑って流される。いくら突き放そうとしたってその笑顔に流されてしまう。私もあまり彼と変わらないという事実に気付くとずんと胃が重くなった。誤魔化す笑顔に騙されていつだって彼の手を取ってしまうのだ。軽い言葉しか吐き出さないその口から私にだけの甘い台詞が囁かれることを期待している。

「じゃが安いぞ?」
「何がです?笑顔ですか?」
「怒っとるなぁ…」
「怒らない方がおかしいでしょう」
「嫉妬かぁ?」

他の酔っぱらいを避けながら歩くのは至難の技だ。そんな時に、もつれてほどけなくなりそうになっている感情を更に乱すようなことをヘラヘラとしながら言ってくる男に私は動揺を顕にしてしまった。私の様子を見て嬉しそうに笑うこの男をこのまま置いて帰ってやろうか。ただ、そういう考えに行きつく前に私の足はもつれ倒れそうになった。一緒に倒れるはずの重い体が急に軽くなって、代わりにたくましい腕が私を抱き止める。優しく抱き締めるような行動は私の頭をパンクさせるのに十分だった。

「安いっちゅう言ったきに」
「は、離して下さいよ」
「酔いつぶれたわしをおまんが迎えに来てくれること思ったら」
「何を…」

道のど真ん中で私を抱き締めながら彼が紡ぐ言葉は私が望んでいたものだ。ドキドキを通り越してバクバクと五月蝿い心音はとうに目の前の男にも聞こえているだろう。

「おぉ?顔色が悪い」
「…」
「いや、良すぎるか」

にやにやと笑う男に何も言い返せないまま私は黙り込む。どこまで信用していいものなのかわからない。酔っているのか、ただからかっているのか。しっかりした足取りや腕の力からは酔っている気配は感じられないがぷんぷんとアルコール臭が漂う。ぐっと彼の胸を押し返そうと力を入れた。

「…愛しとるぜよ」

いつもより数段低い声色で耳元に囁かれて、私は押し返すはずだった手で彼の服をきゅっと握りしめると体を預けた。酒に溺れる男を救い上げているつもりが、いつの間にかそれよりも厄介なものに溺れてしまった。とうに息なんてできていなかったのに、手を取ってもらっている今はもっと苦しい。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -