全蔵が猫を拾ってきた。それも大きな大きな自分の家で飼えばいいものを何故か私の家に連れてきて、人の家で飼っているのだ。一応この家ペット禁止なんですけど!?と思いつつも猫が嫌いな訳ではないし、何より全蔵がこの家に来る回数が格段に増えたためそこまで悪くは思っていない。薄いクリーム色の毛を持つ猫はどことなく全蔵に似ていた。この猫を飼い始めて早2週間。今日も全蔵は私の家に来て人のベッドを陣取り猫と戯れている。

「ん?どうした?腹減ったか?」
「…」
「オイ、みーちゃん腹減ったみたいだからミルク」
「……ハイハイ」

「みーちゃん」というそれはそれはありがちな名前を付けた全蔵はまさに猫かわいがりというやつを発揮していた。冷蔵庫から牛乳パックを取り出して少し平らな皿に入れて電子レンジに入れる。ボタンを押したところで溜息が洩れた。なんで溜息なんて吐かなくちゃいけないんだとハッとしたが、同時に何故か苛々している自分にも気付く。というより本当は前々からわかっていたことが、あまりに幼稚すぎて目を背けていただけなのだが。チン、という牛乳が適温に温められたことを知らせる電子音が鳴ってそろそろと皿を取り出した。そのまま全蔵のところに持っていって渡す。さすがにベッドの上は零したらまずいと判断したのか床にことりと皿を置くと猫を抱っこして床にそっと下ろしてあげていた。その様子をじっと見ていると猫ばかりに向いていた全蔵の顔がばっと上がって私を見る。

「なんだよ」
「…別に」
「何ふてくされた面してんだよ。みーちゃんが懐かないからか」
「…はぁ」

にやにやと笑いながら俺にはこんなにも懐いてるんもんな〜と言う全蔵の横に溜息を吐きながら座った。なんというかまぁ、私はたかだか子猫ごときに嫉妬しているのである。家に来る回数は増えたものの私に構ってくれる時間と言えば猫が寝た後くらいなものなのだ。嫌になる。本当に嫌になる。なんだか嫉妬して「みーちゃん」と一度も名前で呼んでいない自分が。猫は、みーちゃんはそれなりに私に懐いている。というより全蔵よりも私に懐いている。今はこうやって無理やり膝の上に乗せられたりしているが私と猫の二人だけの時は向こうから私のところに擦り寄ってくるのだから。その事実を知ったら全蔵は嫉妬するんだろうな、私に。

「なんかアレだ、あのタワーみたいなの欲しいな」
「この家をどんだけ狭くする気よ!ばかじゃないの」

自分の家で飼えよこのフリーターが…心の中で悪態を吐きながらベッドにぼすっと背中から寝ころんだ。視界の端に映る全蔵は私の意見に腹を立てたのか、何なのかとにもかくにも猫を撫でまわしながら難しい顔をしている。似合わないったらありゃしない。

「…何?」

お腹の上にいきなり猫が乗せられた。いきなりのことに全蔵を見れば彼は立ちあがっていた。自然と伸びる私の手は猫をゆっくりと撫でた。なんというか私は全蔵がいなかったら彼以上に可愛がっているという自信がある。全蔵がどこかに出かけるのか、それとも家に帰るのかはわからないが玄関で何やらごそごそしていた。起き上がって膝の上に猫を乗せる。

「…どっか行くの?」
「ペットショップ」
「なんで?」
「さっきの話聞いてたか?」
「はぁ!?まさかホントにタワー買うの!?」
「冗談で言ってどうすんだよ」
「置く場所ないし!」
「誰もここに置くなんて言ってねーだろ」

苛々したように全蔵は言う。じゃあどこに置く気だと言いかけた私の方を向いて全蔵がビニール袋を投げてきた。さっきからポケットをガサゴソと探っていたのはこれを出すためか。ぐしゃぐしゃになった袋の中には何かが入っている。ていうかずっと全蔵が持っていたせいでなんかあったかい。

「ソレ、みーちゃんの首輪だから付けとけよ」
「……」

薄いピンクのかわいらしい首輪にはご丁寧にもネームプレートが付いている。いつの間にこんな小洒落た加工をしてもらったんだか。それにしても、私にはプレゼントなんてほとんどくれたことがないのに猫には出会って数週間でコレだ。と、まぁまたこんなところに嫉妬する自分がいる。あほくさ、と思いながら袋を逆さにして首輪を取り出した。カン、と硬い何かがフローリングにぶつかる音がして足元に目をやる。

「…首輪以外に何か入れてた?」
「…あ?」
「何か落ちた…ん?」

鈍く光るそれは転がったのか、置いてあるラグマットの端で止まっていた。拾い上げる前にそれが何だかわかってしまって自然と全蔵を見る。全蔵は私に背を向けたまま、というかドアノブに手をかけて今にも出て行きそうである。拾い上げたシルバーリングを目の前に持ってくる頃には心臓がいつになくドクドクと音を立てていた。

「…なに、これ」
「…いちいち説明しねぇとわかんねぇのかよお前は」
「…」
「まとめてウチに来る用意しとけよ」

そう言ってついにドアを開けた全蔵の耳は真っ赤だった。部屋に残された私と猫は暫し見つめ合う。シルバーリングに掘られている文字をじっくり眺めてから左手の薬指に嵌めた。そして首輪を猫に嵌めてやる。慣れない首輪に少し嫌悪感を出している猫を抱え上げる。二つの目と目が合って私はにんまりと笑った。

「みーちゃん」

にゃあ、と返事をするように鳴いた。初めて名前呼んだなぁ。みーちゃんの首の首輪と私の指にある指輪。両方を見比べながら私は潰れない程度に、痛くない程度に優しくぎゅうっと小さな猫の体を抱きしめた。

「二人でお嫁さんに行こっか〜」

とりあえず、ダンボールを探そうか。

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テーマ「人外ファンタジー」
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