番外編  | ナノ
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 明日の仮免の補講に親父が来るらしい。
 面倒なことになりそうな予感に部屋へと戻ると、同じタイミングで赤音からのメッセージが届いた。

『明日の講習がんばってね』

 冬美姉さんのように絵文字やスタンプを使うことのない赤音の言葉から感情を読み取るのは難しい。入寮してからはどこで誰が話を聞いているかもしれない、という理由で通話をすることもなくなり、余計に赤音が何を考えているのか分からなかった。
 ただ、食堂で赤音を見かけなくなった。夏休み前はいつも麗日や蛙吹と食べていたのに。麗日達に尋ねて返ってきた答えは勉強に集中したいからと、俺が赤音から聞いたのと同じものだった。

 緑谷なら何かを知っているかもしれないと思っていたが、新学期が始まってからは話をしていないと暗い顔で言われた。赤音もヒーロー事務所へのインターンが行われていることを知らなかったから、本当に緑谷や蛙吹達とも連絡を取っていないんだろう。
 緑谷と何かあったから皆と距離を置いているのかと思った。でもそれなら毎日のように皆の様子を俺に聞く必要なんてないはずだ。
 俺達は双子なのに、赤音が何を考えて悩んでいるのかも分からなかった。




「おまえは自慢の息子だ」

 ただ講習を見に来るだけなら、プロヒーローとしての講評を聞くだけなら良かった。

「……なにが、自慢の息子だよ」

 けど、自分に都合の悪いことを無かったことにして父親面をするのは許せなかった。

 神野の事件で、赤音が拉致されていたことは一切公にされていない。救助した俺達にも緘口令を敷いてきたのは赤音が無個性だからでも警察の娘だからでもなく、養子に出されたエンデヴァーの娘だからだろう。
 オールマイトが引退を余儀なくされて世間が混乱している中、繰り上がりの1ヒーローになった親父の醜聞なんて、警察もヒーローも忌避するに決まってる。
 自分達の保身のために、赤音の存在を無かったことにしたんだ。

「自慢の息子なのは、俺がお前の言う最高傑作だからだろ。……言っとくが俺が左の個性を使うのもお前の事務所へ行ったのも、全部お母さんと赤音が赦し――」
「赤音と、話をしたのか」

 親父が唖然としながら呟く。
 お母さんにも姉さん達にも赤音と会ったことは話していないのに、親父に言うはずがない。

「今、赤音は元気でやってるのか」
「捨てた子どもがどうなったか、今更気になるっていうのかよ」

 俺が吐き捨てた言葉に親父が固く口を結ぶのが見えた。
 爆豪やオールマイト達がいる中で話すことではないと頭では分かっていても、苛立ちを抑えられなかった。

「……おまえたちは、そう思っていたんだな」
「どういう意味だよ」
「捨てたわけじゃない。いつか俺の存在が赤音を傷つけることになるかもしれないと、信頼のおける知人へ預けることに決めたんだ」

 言い訳染みた親父の言葉に目の前が赤く染まる。
 だけど、親父の言いたいこと全てが理解できないわけじゃなかった。

 事件解決数だけでいえば、オールマイトすら超えていた親父に対して怨恨を持つ者は多い。
 職場体験でエンデヴァーに捕らえられた敵の身内が抗議しに事務所へ乗り込んでくるのを見たのも、ヒーロー殺しに当てられた人達が野次を飛ばすのを見たのも一度や二度じゃない。雄英に入ってからエンデヴァーの息子だからと声を掛けられるようになったが、その全てが好意的なわけではなかった。
 親父や俺ならまだいい。でももし赤音が悪意に晒されるようなことがあったら。俺達よりも赤音を狙う方が、相手にとってはよっぽど簡単なことだろう。

 法律で守られているとはいえ、ヒーローのプライバシーはあって無いようなもの。そう授業で学んだが、一番近くにいたヒーローはそんなことを微塵も感じさせなかった。
 いま考えてみれば、幼稚園からの一貫校に行っていたのも親父が必要以上にメディアに出ないのも、もしかするとそういう理由があったのかもしれない。
 雄英に入るまでは、そんなこと考えもしなかった。

 でも、だからってお母さんを傷つけたことも赤音を養子に出したことも。今までの親父がしてきたことを許せるわけじゃなかった。
 ふざけるなと、俺が声を上げるよりも早く親父が口を開いた。

「だが、俺はおまえたちにそう思われても仕方のないことをしてきた」

 あの親父のものとは思えない後悔の滲んだ言葉に、思わず怒りよりも驚きが勝る。

「俺が……いや」

 何かを言いかけて口を閉じた親父が首を振る。何を言おうとしたかは分からないが、表情からなんとなく分かるような気がした。
 でも、親父が懺悔すべき相手は俺じゃない。

「焦凍、今までの俺の過ちを許せとは言わない。だがこれからは父としてヒーローとしておまえたちに恥じない男になろう。赤音に暗然とした人生を歩ませないように、お前が胸を張れるように」

 顔を上げた親父の目は、なにか覚悟を決めたようだった。

「おまえたちの父は1ヒーロー……最も偉大な男であると」

 1ヒーローになって心変わりでもしたつもりか。そう言いかけた言葉を呑み込む。
 ちょっとしたきっかけが人を変えることもあると、知っているから。

「勝手にしろよ」

 それでもモヤモヤとした気持ちは晴れず、そう言い捨てることしかできなかった。




「轟少年、大丈夫かい?」
「オールマイト」

 顔を上げると、オールマイトが目の前に立っていた。

「私情で話し込んでしまってすいませんでした」
「いや。この場だったからこそ、エンデヴァーも君も話しをすることが出来たのだろう」

 この場だったから、か。オールマイトの言う通りかもしれない。
 家でエンデヴァーではない親父に言われても、きっと俺は聞く耳を持たなかったと思う。
 話をしなければ親父が何を考えているかなんてずっと分からないままだった。

「はなし…」

 ふと、脳裏に赤音の顔が浮かんだ。

 昔はお互いの考えを理解していることが当たり前だった。いつも一緒に過ごしていたから話をする機会も多かっただけだろうが、他のきょうだいには無かったそれは俺と赤音だけの特別なものだと思い込んでいた。
 話をしなくても分かるなんてことがあるわけない。でも、それだけが住む世界の変わった俺達を双子たらしめるものだと、縋っていたんだ。



 オールマイトとプレゼント・マイクに正門で見送られて、爆豪と寮へ続く道を歩いていく。普段なら右に曲がるところだが、今日は行かなきゃいけない場所があった。

 何を考えているのか分からないなんて、当然のことだ。俺達は話をしていない。
 赤音に拒絶されるのが怖かった。親父に責任を転嫁して連絡の取れない周りと俺は違うからと、それが赤音にとって良いことなのかうやむやにしていた。
 だから、話をしないと。
 たとえそれが俺のエゴで赤音に拒絶されるとしても、一緒に悩んでいきたい。
 この先お互いに歩む人生が違うとしても、俺達がきょうだいであることに変わりはないからだ。


「爆豪、行くところがあるから先に帰ってくれ」

 横目で見てきた爆豪と目が合う。
 爆豪は何も言わず、寮へ続く道を歩き去っていった。


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