番外編  | ナノ
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 夏休みが終わり、いつも通りの日常が。なんて、そう上手くはいかないもんだ。

 授業の終わりと昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴り、教室が騒がしくなる。その中で塚内は一言も発さず、教師よりも早く教室を出て行った。
 それから5分もしないうちに麗日と同じヒーロー科の黒髪の女子生徒がやってきた。教室を見回す2人を見て、クラスメイト達が俺に目配せをしてくる。
 新学期になってから毎日、お約束みたいになってる一連の流れだった。

「塚内さんならもうどこかに行ったよ」
「心操くん。そっか……」
「いつもお邪魔しちゃってごめんなさい。行きましょうお茶子ちゃん」

 肩を落とした麗日達がもと来た道を戻っていく。

「赤音ちゃん、ちゃんとご飯食べれてるのかしら」
「連絡しても大丈夫って言うだけだもんね。本当に大丈夫なら全然いいんだけどさ」
「ちゃんと会ってお話したいけど、赤音ちゃんには赤音ちゃんの都合があるものね」

 2人の背中越しに話している声が聞こえてきて、何ともいえない気持ちで見送っていると後ろから声をかけられた。。

「俺たちも食堂行こうぜ」
「ああ」
「にしても、やっぱり塚内最近おかしいよな。心操なんかしたの?」
「……なんで俺が」
「だって塚内がおかしくなったのってあのときからだろ。夏休みに塚内がいきなり寮飛び出してさ、心操が追っかけていったとき。あのあと2人とも空気最悪だったし、これはなんかあったなって皆して思ってたわけよ」
「は?」

 思わず呆気に取られる俺に、コイツは分かったような顔をして頷く。多分だけど皆が思っていることとは、絶対に違うのは確かだ。絶対に。

「そんなんじゃねえよ」
「いや、何があったのかは聞かねえ。野暮ってもんだからな。でもいつまでもこのままじゃ良くないと思うぜ」
「勝手に言ってろ……」

 もう訂正する気も起きなかった。むしろ事実を知られるよりは塚内にとってはいいのかもしれない。
 知ったような口を利くのを聞き流しながら向かう道の途中、食堂へ続く渡り廊下に爆豪が立っているのが見えた。爆豪も俺に気付いたようだけど、その瞬間に顔を顰めて食堂とは逆方向へと歩いてく。本来ヒーロー科の連中とは食堂に行くときに顔を合わせるなんてことはない。ヒーロー科の教室がある棟から食堂へ行く渡り廊下は別にあるからだ。
 そうでなくてもここ最近、爆豪を普通科の行動圏内で見ることが増えていた。前まではそんなことがなかったってのに。
 理由なんて、考えなくても分かる。最初からあんなことを言わなきゃ良かったんだ。




 イレイザーヘッドから与えられたトレーニングメニューを終えてクールダウンのために走っていると、少し先のベンチに座っている塚内の姿があった。
 普通科からの編入ってこともあって、イレイザーヘッドとのトレーニングは人目につかない場所、学校の敷地内とはいえ校舎からも寮からもだいぶ離れているようなところで行われている。しかも日によってトレーニング場所も変わるし、塚内を見かけたのは本当に偶然だった。
 休んでいるのかと思ったけど、塚内が今座っているところは日陰でもなんでもないところで、9月になったとはいえ外はまだ暑い。休憩するのに適した場所は他にいくらでもあるのに、塚内が考えなしにあの場所を選ぶのか疑問に思った。

 塚内に近づくにつれて、うなだれるみたいに体を丸める背中が大きく上下に動いているのが見えた。思わず走るテンポが乱れる。

「塚内さん」

 目の前で名前を呼んでも塚内からの反応はない。
 この暑い中で声かけに反応もないなんて、明らかに普通の状態とは思えなかった。

「おい、塚内」

 緊張感をもってもう一度、少し声を大きくして名前を呼ぶ。塚内の肩を叩こうと手が触れた瞬間、塚内が突然顔を上げた。目の焦点が定まっていない。

「…………心操くん」

 塚内が目をこすりながら小さく呟いた。どうやら寝ていただけみたいで、拍子抜けしそうになる。でもこんなところで寝てるなんて、やっぱりいつもの塚内とは違う気がする。いつもの、なんて言うほど一緒にいるわけじゃないけどさ。
 塚内が立ち上がろうとしてふらつき、咄嗟に支えようと手を伸ばす。塚内はそれを避けて、距離を取るように後ずさりした。

「だいぶ調子悪そうだけど、少し休んだほうがいいんじゃないの」
「……」

 俺の挙動に目を離そうともせず、警戒しているのがなんとなく分かった。
 最近の塚内は俺の目を見ないでも話すようになっていて、少しは信用してくれてるんだなって思っていたんだけど。

「……麗日たち、今日も教室に来て塚内さんのこと心配していたよ」
「……」
「それに前に言ってただろ、家族に恩返しがしたいってさ。それなのに倒れでもしたら本末転倒だろ」

 無言で俺を注視していた塚内の顔が険しくなる。俯いて怒りを堪えるようにゆっくり息を吐いてから顔を上げた塚内の目は、なにかを諦めているようにも見えた

「……私はこのやり方しか知らないし、こんなやり方しか出来ないから」

 顔を逸らしながら塚内が途方に暮れたような声で小さく呟いた。

「そんなこと――」
「色々気を揉ませるようなことをしてごめん。お茶子ちゃん達には私から連絡するから気にしないで」
「いや、塚内――」
「C組の人達は平気だけど爆豪くんのような考えの人もいるだろうから、私に話しかけないほうが――」
「塚内!」

 声を荒げる俺を警戒するように塚内が視線を戻す。
 俺が話し終える前に一方的に話してしまえば洗脳を警戒する必要なんてない。本当に、嫌になるくらい俺の個性のことを熟知してるよ。
 塚内がヒーロー向きの個性だって言っていたのにいちいち警戒されるのにも、何でもかんでも無個性の自分が悪いって1人で抱え込もうとしてるのにも、全部にイライラした。

 しばらくしても何も話そうとしない俺に、塚内は困惑するような表情を浮かべた。

「……怒らせたならごめん。プロヒーローに指導してもらっているから、もう私と関わる必要はないって思っただけ」

 だから君も関わる必要はないと、言外に言っているようだった。
 もう話は終わりだと塚内は軽く頭を下げて走り去っていく。
 塚内がいなくなってもイライラした気持ちは治まらなかった。でもそれは塚内に対してじゃなくて、自分自身へのやるせなさからくるものだった。

――無個性なんかに、生まれなきゃよかった

 あれは、塚内の今までずっと我慢してきたものが堪えきれずに出てしまったような言葉だった。
 爆豪とのことがなければこんなことになってなかったんじゃないかって思う。でも俺だって塚内に当たったことはあった。個性を持たないからって理由だけで。
 それなのに、塚内と話すようになって勝手に仲良くなったって勘違いしていた。塚内にしてみれば、俺も爆豪も他の奴も大して変わりないっていうのに。

 涙を流していた女の子を救けたい、なんて。そんな風に考えるのは俺のエゴでしかないと思い知らされるようだった。


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