「リカバリーガールと校長……生徒では、君だけだ」
「塚内は?」
オールマイトの言葉にかっちゃんが頭を上げた。
塚内さんにOFAのことは言わない。それは木椰区の警察署で塚内警部と約束していたことだった。大事な妹だからと、何度も念押しされたのを覚えている。だから僕とオールマイトの関係も、OFAの秘密も塚内さんが知るはずがない。
それなのに、まさかかっちゃんの口から彼女の名前が出るなんて。思わず息を呑む僕の態度にかっちゃんが訝し気に目を細めた。
「……2週間前に話してたろうが。言わねえって」
あの場にかっちゃんもいたなんて、知らなかった。でも勘違いしているってことは、話の内容までは聞こえていなかったんだろう。
塚内さんは、僕が2人は双子だと知っていることを轟くんは知らないと言っていたけど、本当はそんなことない。神野で塚内さんとかっちゃんがパトカーに乗った後に、轟くんは僕に知っているんだろって確信を持って聞いてきたから。
だけど辛そうな彼女にそれを伝えることは出来なかった。
「このことじゃなくてあれは――」
そこまで言いかけて口を閉じる。
絶対に誰にも言わないと塚内さんと約束をしたのに、ここで言ってしまうわけにはいかないんだ。
「……ンだよ」
何も答えない僕に、かっちゃんが小さくぼやきながら舌打ちをした。でも怒っているようには見えなくて、むしろなにかを後悔しているような顔をしていた。
「……オールマイト。アイツ多分気付いてるぞ」
相澤先生のもとへ向かう道の途中、呟くようなかっちゃんの言葉に思わず足が止まる。
「……そうかもしれないね」
オールマイトは驚いた様子もなく肩を竦めた。そんなオールマイトに言葉を失いそうになりながらも、なんとか口を開いた。
「それって、どういうことなんですか」
「長野の病院で、君の見舞いに来ていた彼女に君との関係について聞かれたのさ。個性のことは聞こうとして塚内くんに止められていたがね。とはいえ、AFOの存在にこの姿もオールマイトだと知られた今は、なにかしら気付いてはいるだろう」
オールマイトの言う通りなら塚内さんは、夏休み前には既に察していたかもしれないということじゃないのか。つまり図書室で僕の苦しい言い訳にヒーロー向きの個性だと言ったときには気付いていたんだとしたら。
あのとき、無個性だから捨てられたんだと同じ無個性だった僕に言った塚内さんはどんな気持ちだったのか。それなのにありがとうと泣きそうな顔をして言った塚内さん対して、だから大丈夫、なんて言葉を僕はかけようとしていた。
「緑谷少年。赤音少女が敵に拉致されたのは君の面会に行っていたからじゃない。もっと別の理由があって、私の口からいうことは出来ないが……すまない」
少し前を歩いていたはずのオールマイトに肩を叩かれて頭を上げる。隣を歩いていたはずのかっちゃんは少し離れた場所に立っていて、いつの間にか自分が足を止めていたことに気付いた。
別の理由って、オールマイトは塚内警部からどこまで聞いているんだろう。
塚内さんがエンデヴァーの娘だということは知っているのかも。そんなことを思ったけど、もし知らなかったらと思うと聞けなかった。
今大事なのはそんなことじゃないのに、自分がやってしまったことから目を背けるために逃避しているだけだっていうのは分かっている。
塚内さんに謝らないと。ちゃんと今まで秘密にしていたことを全部話して、傷つけてしまったことを謝りたい。
でも塚内警部がなんであれほどOFAのことを言うなと言っていたのか、今なら分かる。もしまたAFOのような敵が現れたら真っ先に狙われるのは彼女だ。あんな戦いに塚内さんを巻き込みたくない。
でももし無個性のままの自分だったら?
そんな答えのない問答が頭の中をぐるぐるとしている。
あの海浜公園で出会わなければ、塚内さんを傷つけることはなかったかもしれない。後悔したところで何も変わらないのに、涙が込み上げてくる。
僕にはそんな資格なんてないのに。
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