赤音との話を終えた死柄木がもといた部屋へと戻っていく。道中で喜色満面の荼毘とすれ違った死柄木だが、自分の仲間にまともな奴がいないことは既に分かりきったことである。そもそもまともであればこんなところに来るはずがない。
そうとはいえもう少しまともで気色悪くないやつはいないのかと、死柄木はぼやきながらバーカウンターのある部屋のドアを開けた。
「弔、彼女の様子はどうだった?」
部屋へ戻った死柄木に、液晶画面の向こう側からAFOが尋ねた。
飲み物を出そうとした黒霧を死柄木が手で制す。他の仲間たちには薬で眠らせた爆豪勝己の世話を任せたため、この部屋には死柄木と黒霧しかいなかった。
「あれはすぐに堕ちるだろうな」
動揺を隠しきれていなかった赤音の様子を思い出し、死柄木の口角が吊り上がる。
一方で液晶画面からは面白くなさそうに鼻を鳴らすドクターの声が聞こえた。
「アレは脳無研究に有用になりそうだというのに。先生よ、なぜわざわざこんな七面倒くさいことを」
「まァそう言うなよドクター。彼女自身が協力してくれなきゃ意味がないだろう」
「じゃがのう……」
AFOがドクターを窘めるが、未だ不満げにドクターは何かをぼやいている。
「別に無個性のガキなら施設にもいただろ」
お前がいなければと言わんばかりのドクターにうんざりした死柄木がボソリと呟く。この個性社会において無個性故に家族から捨てられてしまうというのはそう少ない話ではない。
「お前は何もわかっとらんのぅ!」
死柄木の呟きが聞こえたのか、ドクターが語気を強めた。
「アレはただの無個性ではない!足の小指に関節が無いにも関わらず、個性因子が無いんじゃよ!!」
まるで水を得た魚のように途端に饒舌になるドクター。
スイッチが入ったドクターの話は長いんだよと、死柄木は天を仰いだ。
足の小指に関節が無いのは有個性者の特徴であるというのは医療界、特に小児領域では有名な話だった。
個性発現が遅れていると親から相談を受けた際、まず足のレントゲン撮影をする。そうすることで骨形成遺伝子に伴う個性因子の有無が非侵襲的にかつ容易に、そして確実に判断が出来るためである。
そのため超常黎明期から今日までの間、無個性者が有個性者の特徴を持つことはあり得ないとされていた。
しかし、赤音には足の小指に関節がないのに個性因子も確認されていない。更に、赤音は過去に実父のもとでレントゲン撮影以外にも多くの個性因子の検査を受けていたため、そのデータも残っている。
それは、赤音の個性の形は今までに例のない全く新しいものだと裏付けるものだった。
このことからドクターは1つの仮説を打ち出した。
あの無個性の少女には、個性因子ひいてはあらゆる個性への耐性があるのではないかということである。
「超常特異点、アレがそれに到達したが故の無個性だというのであれば。ついにマスターピースを創り出すことが出来るんじゃ!」
それは最高の魔王になるというAFOの悲願、そして世間から否定され続けてきたドクターの悲願でもあった。
「あァッ!警察なんぞに養子に出される前に気が付いておればッ!今頃ワシが大事に大事に育てていたというのに!!」
心底嘆かわしいと言わんばかりにドクターが吼える。
ドクターが赤音の存在に気付いたのは、無個性者が脳無研究に使えないか系列外の病院からもデータを取り寄せたときのことだった。
個人情報保護だの人権保護団体だのと羽虫に邪魔されながらようやく赤音を見つけたときには、既に塚内の家に養子に行ってから2年が経っていた。
一介の警察官であればどうとでも出来る。しかし脳無研究も完全ではなくオールマイト全盛期の当時、警視庁警視正ともなると野望が潰える覚悟をする必要があった。
それ故にAFOは機が熟すのを待った。良いワインを作るためには良い葡萄を必要とするように。そして、ついに機は熟したのだ。
しかしAFOは何を思ったのか、せっかくの収穫の機会を死柄木に譲ってしまった。
いくら敬愛する先生の計画とはいえ、ドクターはそれが我慢ならなかった。
「先生の頼みだから聞いておるが、失敗したら許さんぞ!死柄木!!」
ドクターの声に死柄木からの返事はない。
「死柄木弔なら明日も早いから寝る、と部屋に戻りましたが」
黒霧の言葉を聞いて、ドクターの額に青筋が走った。
「爆豪くんに赤音くん、弔には明日も頑張ってもらわないといけないからね。次の僕になってもらうために。黒霧、頼んだよ」
「はい」
喚くドクターの横で楽しげな声色のAFOは黒霧に語り掛け、通話を終えた。
「大丈夫かいドクター」
AFOの言葉にドクターはようやく落ち着いたというように深く息を吐いた。
「先生は死柄木を甘やかしすぎじゃないかね」
「弔自らが彼らを駒にと望んだんだ。僕はそれに少し手を貸しているだけさ」
「しかし自らアレを選ぶとは……」
ドクターの言葉にAFOが口角を吊り上げる。
彼らの奇妙な縁はワインの芳醇さを際立てる良いアクセントになるだろう。
そして、最後に最高のワインを楽しむのは僕なのだから。
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