「オイデク」
トイレへ行こうと席を立ち上がる、前の席に座るかっちゃんが声をかけてきた。
今日はかっちゃんの気に障るようなことは何もしていないはずだけど……。何もないのにかっちゃんが僕に声をかけてくるなんて珍しいことだった。
「な、何?」
「塚内とどこで知り合った」
「……へ?塚内さん?」
かっちゃんの口から塚内さんの名前が出てくるなんて思わなくて、思わず目を見張る。
「何でかっちゃんが塚内さんのこと知ってるの?」
「聞いてんのは俺だろうが!」
「ヒィッ!」
手を構えたかっちゃんに、癖でつい情けない声が出てしまった。
「えっと、去年の春頃なんだけど、筋トレしてた時に知り合ったんだ」
塚内さんと出会ったのは海浜公園でだけど、それを言ってしまうと清掃活動のことも言わないといけないから、言葉を濁して話す。
疑うように睨みつけてくるかっちゃんに内心冷や汗をかきながらも顔には出さないように意識する。嘘は言ってないぞ、嘘は。
「……チッ」
しばらく僕を睨みつけていたかっちゃんがようやく前を向き直った。これ以上追求されなくて良かった……。
「でもかっちゃんが塚内さんのこと知ってるなんてね。かっちゃんはどこで知り合ったの?」
「うっせえとっとと消えろカス!」
つい気が緩んだ状態でかっちゃんに尋ねたら、怒気を孕んだ声で言われたため、慌ててトイレへと走った。
どうやら、僕の質問に答えるつもりは無いみたい。かっちゃんがそういう人だって知ってたけどさ……。
でも、2人はどこで知り合ったんだろうか。
そういえば塚内さんが無個性だったっていうことも知ったのもつい最近だ。そう考えてみると、僕は塚内さんのことを何も知らなかった。
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