まだ個性が発現する前、私は今の町に引っ越してきた。
新しく入った幼稚園では勝己くんという男の子が皆のリーダーみたいな感じで君臨していた。
先生が「新しく入った名前ちゃんだよー。皆仲良くしてあげてね」って私の名前を言っていたにも係わらず
「おいお前!名前なんて言うんだ!」
なんて聞いてきたり。それも何度も何度も。
毎日同じことを聞いてくるから名前だよいい加減覚えてって言ったら「うるせえ!」って怒鳴ってきたりして。
他にもクレヨンを取られたり他の子と遊んでいるのを邪魔してきたり、そんなことを毎日のようにされていた。
そして遂に、私にも個性が発現した。
でも、その個性が全然好きになれなくて、個性が発現したことを幼稚園の皆にはずっと黙っていた。
ある日、室内で1人で本を読んでいると友達も連れず1人で来た勝己くんに「お前の個性まだわかんねーの?」と尋ねられた。
どうしても自分の個性を答えたくなくて黙ってると「お前もデクと同じでムコセーなのかよ!ダッセー!!」と言ってきた。
デクっていうのは同じ幼稚園の出久くんのことで、彼は病院で検査をして無個性ということが分かったばかりだった。
皆は無個性の出久くんをムコセーってバカにしてたけど、まだ幼稚園児なのにヒーロー知識をたくさん知っていたことは純粋に凄いと思っていた。
それに、自分の個性が嫌いだったということもあって「出久君と同じでもダサくないもん!」と勝己くんに言った。
そう言った瞬間、勝己くんは凄い怖い顔をして私の髪を引っ張ってきた。
「いたっ!いたいよ!!やめて!!」
「うるせぇ!!お前テーセーしろ!!」
その時先生は外で遊んでいた子達のところへ行っていて、部屋には私と勝己くんしかいなかった。
「かつきくんやめて!!いたい!!」
「デクと同じなんてクソダセェからやめろよ!!」
勝己くんのどんどん力を込めて引っ張ってきて髪の毛のブチブチとちぎれる音に、思わず個性を使ってしまった。
「やめてよ!!」
「ッ!!」
個性を使って勝己くんの腕を振り払うと、その力の強さに勝己くんの体がグラウンドへつながる扉に大きな音を立ててぶつかった。
私の個性は"筋肥大"というもので、個性を使うと全身の筋肉が肥大し、筋骨隆々になるのが私は凄い嫌だった。
勝己くんが扉にぶつかった音で、呆然としている勝己くんと、髪の毛の痛みや自分の見た目が嫌で泣きじゃくる私に先生達がようやく気付いてくれた。
でも、まだコントロールが不十分で自分の個性の発動解除の方法がわからず周りの子達が集まってきた後も筋骨隆々な姿をしていた私に、幼稚園児たちは残酷な言葉を吐いた。
「ゴリラ!!ゴリラだ!!メスゴリラ!!」
そうして、私は子ども(特に男子幼稚園児)が嫌いになった。
あの事件以降、私は元凶である勝己くんに過剰に怯えだし、最終的には同じ系列の別の幼稚園へ転園することになった。
学区も違ったため、それ以降勝己くんと会うことは無くなった。
その後、小中学校では個性を発動させず普通の女の子として過ごしていき、雄英高校の経営科に入学することができて、華の高校生活を送るはずだった。
………………はずだった。
「わ!す、すいませ…………」
「…………」
校舎の曲がり角で向かい側から来た人とぶつかりそうになって謝ろうと顔を上げたとき、思わず言葉を失った。
体は大きくなり目付きも鋭くなっていたが、その人は紛れもなく勝己くんで、彼も私の姿に目を見張っていた。
突然のことに思考が停止し、互いに凝視する姿は傍から見たら奇妙な光景だっただろう。
だんだん思考がクリアになり、目の前の男の人が勝己くんであると認識した瞬間、体が勝手に脱兎の如く勝己くんから逃げ出した。
「オイ!」という言葉に更に走る速度を速める。
しかし、何故か勝己くんは追いかけてきて、そのマジで殺しにかかってきそうな凶悪な顔に思わずヒィッと悲鳴が漏れた。
個性を使えばオールマイトと同じくらい筋骨隆々であっても、個性を使わなきゃ並み程度の体力しかない私は10秒もしないうちに勝己くんに腕をつかまれた。
「…………」
「…………」
勝己くんに腕を掴まれ、どうなるんだと反射的に全身が震える。
しかし、何をするでもなく勝己くんはじっと私の腕を見ていた。
腕を離してくれないだろうか、とそっと腕を引くと更に力を込めて握られたため、肩が跳ね上がる。
一体なぜ私はこんな目に遭っているんだ。早く家に帰りたい。
「オイ」
「ヒッ!……な、何です、か?」
「お前、B組なのか?」
B組って、それはつまりヒーロー科なのかってことなのだろうか。
確かに私の個性はヒーロー向きとは言われるが、ヒーローは好きでもヒーローになりたいわけじゃない。って、そんなこと勝己くんにとっちゃどうでもいいことだろうな。
「ち、ちがいます……」
「じゃあどこなんだよ」
答えたくない答えたくないけども……!
ここで答えないとおそらく帰してもらえないんだろう。
勝己くんは幼稚園のときから質問に答えないと絶対に帰してくれなかった。
「…………I組です……」
「I……経営科か。……」
「……あ、あの」
「あ?」
「っす、すいません!!」
反射的に掴まれていないほうの腕で頭を守る。
勝己くんが舌打ちをして「ンだよ」と言った。
「あの、う、腕……離してください」
「あぁ……」
「…………」
「…………」
この無言の間は何なんだろうか。
つまり離してくれないってことなの!!そうなのか!?
「敬語」
「へ?な、何て言いましたか?」
「そのクソみたいな敬語やめろよ。ウゼェ」
「す、すいませ……ヒィッ!ごめん!!」
すいません、とまた敬語を使ってしまいそうになるとギロリと睨まれ慌てて訂正する。
そうしてようやく腕を離してもらえた。なんとなく赤くなってる気がする。怖い。
でもこれでようやく帰れる。
「じゃ、じゃあ私はこれで……」
「お前もう帰んの」
「え、うん」
「待ってろ」
「えっ、ちょ、ちょっと待って……えー」
私の言葉を聞かずに勝己くんはさっさとどこかへ行ってしまった。
その後、鞄を持って戻ってきた勝己くんと何故か一緒に帰ることになった。
そして、勝己くんも私も互いに花を咲かせるような話題もないため、とても重苦しい空気の中で帰宅したのだった。
もう二度と勝己くんと一緒に帰りたくない。
そう思ったが次の日から毎日のように勝己くんがI組に来て、彼にクラスを教えたことを後悔するとは、私はまだ知る由も無かった。
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