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鞄の中に入っているサイン色紙を見て何度目か分からないため息を吐く。

「どうかしたのか?」
「いや、まぁ……」

隣の席の障子に声をかけられたが、歯切れの悪い物言いしかできなかった。

『猿夫!爆豪君達と同じクラスなんでしょ!?サイン貰ってきて!!』

だってさ、幼馴染に爆豪のサイン貰ってこいって言われたなんて言えないだろ。


俺が何か言う前に色紙を押し付けた幼馴染の名前は、体育祭で爆豪の姿を見てファンになったらしい。

名前いわく、

『勝つことに貪欲なところが素敵!』

だそうだ。

分からなくはないけどさ、あの表彰式を見て『素敵!』って言えるって……。
名前とは個性が発現する前から一緒にいることが多いけど、今でもよくわからない。

というか、そもそもまだ俺達学生なのにサインなんて考えてるわけないだろ。

でも何も貰わずに帰るのもな……。
名前、楽しみにしてるだろうし……。


心を決めて爆豪の元へ向かう。
サインが貰えなかったら仕方ないけど、名前には諦めてもらおう。

「爆豪、俺の隣の家の子が爆豪のサインが欲しいらしいんだけど良かったら書いてくれないか?」

スマホを弄っていた爆豪がダルそうに目を向けた。

「……いいぜ」

いいのか。

ニヤリと不遜な笑みを浮かべた爆豪。
ありがとう、伝えと色紙とペンを渡すと、爆豪は迷うことなくスラスラと書いていった。

サインもう決まってるのか……。

爆豪の後ろの席の緑谷も俺と同じような表情をしていた。


「おら、感謝しろよ」

投げるように渡された色紙とペンを受け取る。

「ありがとう」

とにかく、これで名前に渡すことが出来る。
一息吐いていると、後ろから切島が声をかけてきた。

「にしても尾白の知り合いもすげーな。あの表彰式みて爆豪のファンって言えるなんてよ」
「ハッ、雑魚がうっせえよ」

俺もそれは思ったよ。

でも、普段ならすぐ爆破する爆豪が珍しく余裕の笑みを見せている。

「コイツ、ファンがいるって知って調子乗ってやがるぞ!尾白!その色紙貸してくれ!俺もサイン書く!」

上鳴が色紙を手に取り、サインを書いていく。
それに続いて切島や瀬呂も書いていった。

「テメェら何勝手に書いてやがる!」
「ハハ……」

爆豪の爆破音が聞こえ、取っ組み合いを始めた爆豪達に乾いた笑いしか出ずにいると、葉隠さんと芦戸さんがやってきた。

「何か面白いことやってるね!」
「いや、俺の知り合いが爆豪のサインが欲しいって言ったら他の人たちも書きはじめちゃってさ……」
「へぇー爆豪のサインか、すごい子だね!」
「それどういう意味だコラ!」

葉隠さんの言葉に爆豪が反応するも、気にせず話す葉隠さん達。

「ねぇねぇ、どうせ他の人も書いちゃってるんだし私も書いちゃダメかな?」
「あ、私も!どうかな?尾白くん?」

どうやら葉隠さんと芦戸さん達も書きたいらしい。
てか皆がサインを考えていたことに驚きだよ。

まぁ確かに、もう爆豪以外の人も書いてるんだしいいか。
名前も爆豪君『達』って言っていたし。

「構わないよ」
「やったあ!どうせならA組の子皆に書いてもらおうよ!」
「イイね!皆ー!尾白君の知り合いの子にサイン書いて!」

「オイッ!!」

爆豪が何か言っていたが皆気にせず、思い思いに書いていた。

皆……サイン考えてるんだな……。



「お、猿夫おかえりー」

リビングには自分の家のようにソファでくつろいでいる名前がいた。

「ただいま。あのさ、サインなんだけど爆豪から貰ったは貰ったんだけど……」

A組全員のサインが書かれていて、肝心の爆豪のサインがよく分かり辛くなってしまった色紙を名前に渡す。
じっとサインを見つめる名前。

「これ……A組皆のサインだ!!わぁぁああ!!すっごい!!すっごいねコレ!!」

満面の笑みを浮かべて喜ぶ名前にホッとする。
A組の皆に感謝しないといけないな。

「せめて爆豪君だけでも、って思ってたけどまさか皆のサインもらえるなんて!!!猿夫ありがとう!!」
「どういたしまして」

そんなに喜んでくれたのならこっちも頼んだ甲斐があったよ。
そう思いながら冷蔵庫から飲み物を取り出していると、あれ、と名前が呟いた。

「どうかした?」
「これ、猿夫のサイン無くない?」
「あぁ、俺まだサイン考えてなかったから。てか皆サイン考えてるとは思わなくてさ……」

反応の無い名前を見ると、名前はソファに寝転びながら難しい顔をしていた。

「どうした?」
「うー……そうだ!ちょっとそこで待ってて!!」

そう言うと、名前はサインを置いて外に出て行ってしまった。
高校生になったにも関わらず、名前のそういう突拍子も無いところは相変わらずのようだった。


しばらくして、玄関の扉をノックした直後に開く音が聞こえた。
一応ノックをしてから入るのが名前の中で決まりになっているらしい。

ドタドタと大きな音を立ててリビングにやってきた名前は、俺の顔の目の前に白いものを突きつけた。

「何これ……色紙?」
「そ!!猿夫がサイン決めたら一番にこれに書いてね!!」

全力で走ったのか、名前は少し息を切らせていて顔が赤くなっていた。

「いい?絶対にこれが一番最初だからね!」
「分かったから顔に押し付けようとしないで……」

そういうと名前はよし!と言って色紙を押し付けようとしていた力を緩めた。

「別に名前ならいつでも書けって言われれば書くけど」
「それとこれは別なの!だって私が猿夫の一番最初のファンなんだから!!そこは誰にも譲らないからね!!」

名前の言葉に思わず噴出しそうになったのを何とか堪える。

「ファンって、そんなこと一言も言って無かったじゃないか」
「言わなくても幼馴染なんだから当たり前でしょ!ずっと前から猿夫のこと見てきたし、誰よりも猿夫のこと知ってるし猿夫のことを一番に応援してるんだから!」

今度こそ堪えきれずに噴出した。

汚い!と言いつつも拭く物を用意している名前を見て、俺と名前の関係はこれからも変わらないんだろうと思った。

……本当、突拍子もない。



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