明日は明日の風がふく | ナノ
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 あれから4日が経ち、朝のトレーニングの時間を早めてルートも変えてからは鉢合わせてしまうこともなくなった。お互いにこれでいいんだろう。
 余計なことを考えてしまう前に目の前の参考書に目を向けたとき、棚の上に置いておいたスマホから着信音が鳴った。
 電話をしてくるのは大体焦凍だけど、仮免試験のための訓練中のはず。スマホの画面を見ると、発信者は焦凍ではなくて父さんの名前が表示されていた。
 普段は母さんを通して連絡することの多い父さんが珍しい。1つ息を吐いて通話ボタンを押す。

「もしもし」
「赤音か。最近はどうだ」
「どうって、普通だよ。まだ夏休みだし、授業もないから自習してることが多いかな」
「そうか」

 会話が途切れる。そんな世間話をするために父さんが電話をしてきたとは思えない。嫌な汗が背中を伝う。


「赤音。学校が始まる前にだが。俺と赤音と……お前の父親とで話をしないか」

 父さん達の繋がりは、薄々気付いていた。
 どうして塚内という家に行くのか。なんとなく理由を察したのは養子になったばかりの、父さんが警察官だと知った時だ。就学する前の子どもにとって警察はヒーローの後始末をする存在で、父が塚内家を選んだのはそういうことだろうと思っていた。
 そもそも、あの父が自身の汚点である存在を不用心に養子として出すわけがない。内情を打ち明けられるほどの信頼関係を築いていた相手が、父さんだったんだろう。

 体育祭で私のことを意図的に視界に入れようとしなかった父と、今更何を話し合うのか。
 私がいたからあんな凄惨な事件が起きたことか、敵に私の出生を知られていることか、私の個性のことか。それとも。

「話し合いって、それをしてどうするんですか」

 もっとちゃんと普通の家族のような、高校生の娘らしい話し方をしないといけないのに。自身の口からは他人行儀な言葉しか出てこなかった。

「……赤音の安全を考えて、轟の家へ戻ることも視野に入れている」

 私の安全、か。
 今や1ヒーローとなった父の家に戻ることが、塚内の人達にとって安全なのは分かっている。本当の家族じゃない人に迷惑をかけるわけにはいかないということも分かっている。でも、それでも頭が真っ白になった。

「私がいたら迷惑ですか」

 咄嗟に出てしまった言葉に、父さんが息を呑んだ音が聞こえた。

「違う。赤音そうじゃ――」

 これ以上父さんの言葉を聞きたくなくて、通話を切る。そのままスマホの電源も切り、机の棚の中にしまった。

 塚内の父さんと母さんがどんなに実の娘のように接してくれていても、本当の子どもである兄さん達とは違う。2人が私を見る目と兄さん達を見る目が違うことも、私の前では決して自身のことをお父さんともお母さんとも言わなかったことも、分かっていた。
 それでも小学校の入学式も運動会も卒業式も、中学生の時だって来てくれた。同じ髪色だと笑ってくれた。2人が私のことを心配してくれたのは嘘じゃないと信じている。
 今はまだ無理でも、いつかは本当の家族になれるかもしれない。そう思って頑張ってきたのに。私が無個性じゃなかったらこんなことにはならなかった。

 目の前の参考書も本棚にある運動力学の本も、全てが無意味なもののように思えた。
 見たくもないと床に叩きつけたくなる衝動を抑えて、部屋の外へ出る。誰もいない廊下にどこかの部屋から楽し気な声が漏れ聞こえる。普段ならなんとも思わない声はやけに耳障りに感じた。
 1階へ降りても私の居場所なんて当然どこにもなくて、足早に玄関の扉に手をかける。

 扉を開けると熱気が身体に纏わりついてきた。それからも逃げるように足を踏み出す。
 目的なんて何もなく、ただ何も考えたくなかった。余計なことを考える余裕なんてないくらいに、ひたすらに走った。




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