明日は明日の風がふく | ナノ
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「#お仕置き」のBL小説を読む
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 入寮の日を迎え、父さんの運転する車に乗って雄英へ向かう。
 2週間前、根津校長と石山先生が家にやってきたとき、意外なことに先生達へ難色を示したのは母さんではなく父さんのほうで。最後は私が自分の意見を押し通す形で入寮が決まった。
 あの時から、父さんとは挨拶を交わすくらいしか話をしていない。

「赤音、なにか忘れ物があったらすぐ送るから。ちゃんと連絡してね。何も用がなくても連絡していいんだからね」
「うん」

 隣に座る母さんの言葉に頷く。同じような話を何度もしている母さんだけど、そこには私への心配だけでなく、私と父さんの間にある気まずい空気を払拭しようとしているんだろう。そんな母さんの気遣いがありがたかった。


 雄英の正門に面した道路には親に見送られる生徒達が多くいた。
 正門前には見送りにきた家族のものだろう車が多く並んでいて、父さんは少し離れたところに車を停めた。

「ありがとう。それじゃあ、行ってきます」
「赤音」

 車内にいる両親に手を振って雄英に向かおうとしたとき、窓から顔を出すようにして父さんが私の名前を呼んだ。
 自分の意見を押し通した私に怒っているのか、それとも失望しているのか。父さんの顔からは何を考えているのかは読み取ることはできない。

「……無理はするなよ」
「……うん」

 父さんもきっと私のことを心配してくれているんだろう。でも後ろめたさからそれを素直に喜ぶことも出来ず、曖昧に笑って頷いた。


 校舎には立ち寄らず、事前に伝えられていた場所へと向かう。既にクラスメイトの大半は集まっていて、友人達との久しぶりの再会を喜んでいる様子だった。

「全寮制なんて雄英も思い切ったよねー」
「でも寮なんてめちゃくちゃ楽しそうじゃん。建物も綺麗だし!」
「校長が説明会で色々言ってたけど、本当は寮制になったのってヒーロー科の爆豪が拉致られたからだろ?」
「ヒーロー科には手厚いんだよなぁ……。寮が嫌ってわけじゃないけどさ」

 どのニュースでも私が敵に拉致されたことは伝えられていない。警察かヒーローか、あるいは両方の圧力があったんだろう。
 クラスメイトの雑談を聞き流しながらこの場にいる人達の数を数える。あと5分ほどで集合時間になるというのに、まだ3人来ていない。

「塚内さん」

 心操の声がした方に目を向けると、友人達と話していた心操が私の隣に立った。鞄の中から取り出したものを手渡される。それは心操に貸していた私の手帳だった。

「これ、ありがとう」

 心操から手帳を受け取って鞄にしまう。
 これで用件は終わりだと思ったけど心操が友人達のもとへ戻る様子はない。他に何かあっただろうか、と記憶を探る。

「1週間前から相澤先生とトレーニングするようになったんだけど、手帳にあった重心のかけ方とか可動域とか、すごい参考になった」

 夏休み前に心操がトレーニングをするとか、そんなことを話していたのを思い出す。心操の顔や腕を見れば擦り傷やアザのようなものがあって、1週間でこれとは雄英のスパルタ指導ぶりが伺える。

「参考になったなら良かった」
「いやほんとに。それでさ……なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

 話を続けようとした心操と目が合う。手帳に書いておきながら自己管理もできない人間だと思われたくなかった。凝視するように私を見る心操から目を逸らし、校舎を見る。先生達が来る様子はまだない。

「暑くて中々寝つけなかったから、それかもしれない」
「あー。昨日の夜暑かったしね」

 特に気にした様子もなく心操は話を続けた。
 最近あまり寝つきがよくないのは本当だ。外出を禁じられているからトレーニングも大したことはできなくて、運動量が減っているからだろう。それに、ベッドに横になっても色々なことが頭に浮かんできて眠れなくて、両親が寝た後は物音を立てないように机に向かうことが多かった。それが無意味なことだと分かっていても、何かをしていないと余計なことばかり考えてしまいそうだった。

 腕に着けている時計に触れる。兄さん達から貰った腕時計じゃない、雄英から与えられたものだ。シリコン製のバンドの中に液晶が埋め込まれたもので、スポーツウォッチとしての機能の他にGPSが付いている。セキュリティを強化するとはいえ敵が襲撃をしないという保証はないから、また狙われる可能性がある私の所在を明らかにする必要があったからだ。
 許可なく雄英の敷地外には出れないものの、雄英の敷地内であれば自由に行動が出来る。家にいたときは出来なかった分を早く取り戻さないと。

 校舎から石山先生や他の先生達が出てくるのが見えた。話をしていた心操が私の視線を追い、石山先生が来ることに気付いて口を閉じる。


「みんなおはよう。まず皆に伝えたいことがあります。長首、速見、水月の3名は他校に転校します」

 石山先生の言葉に周りが騒然とする。名前の挙げられた3人の友人達を見ると、暗い顔をして俯いていた。本人達から既に話を聞いていたのかもしれない。

「彼らが転校を決めたのは、ひとえに雄英の至らなさが原因です。皆も色々悩み、考えたうえでここに集まったと思っています。オールマイトの引退に伴って敵の活性化、世間の混乱が予想されている中で皆や皆の家族が雄英全寮制を認めてくれたことに対して、雄英は皆の信頼に応えないといけない。この先何があっても、我々雄英ヒーローは命を賭して君達を守ります」

 石山先生が生徒達を見回す。普通科だからなのかは知らないが、普段の石山先生はプロヒーローというよりも高校教師としての側面が強い。でも今目の前に立っているのはセメントスという1人のプロヒーローで、誰一人として言葉を発することなく石山先生を見つめていた。

「……さて、湿っぽい話は終わりにして寮を案内しようか」

 両手を叩き、石山先生が寮の扉を開いた。




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