明日は明日の風がふく | ナノ
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 ドアをノックする音に目を覚ます。遠慮がちに私の名前を呼ぶ母さんの声に、机の上に置かれた時計を見ると、既に9時を回っていた。
 こんな時間まで寝るなんていつぶりだろうか。朝のトレーニングは、いや。警察から家から出るなと言われているから、どちらにしろ無理な話だ。

 ドアを開けると心配そうな顔をした母さんが立っていた。

「大丈夫?まだ休んでていいのよ?」
「ずっと寝てたし、もう大丈夫。お腹も空いたし」
「そう……じゃあご飯準備するから、早くシャワー入ってきちゃいなさい!」
「うん」

 着替えを取りに戻ろうとわざとらしくないように、母さんから視線を逸らす。明るく振る舞おうとする母さんの姿が見ていられなかった。


 軽くシャワーを浴びて髪をタオルで拭きながらリビングへと歩く。ドアに手をかけようとしたとき、部屋の中から神野のニュースが流れているのが聞こえた。
 いまだ神野区のライフラインが安定しないことや行方不明者の捜索が続いていること、オールマイトの事実上の引退に、オール・フォー・ワンが拘留所に収監されたことが矢継ぎ早に伝えられる。そして、オールマイトを引退に追い込んだオール・フォー・ワンとの繋がりを示唆される敵達の行方は掴めていないと、視聴者の不安を煽るように言葉は締められた。

 リビングのドアを開けると、リモコンを手にしていた父さんがテレビを消した。
 私に気を遣っての行動だろうからそれに何かを言えるわけもなく、椅子に座る。

「はい」
「ありがとう。いただきます」

 どこか緊張した面持ちの母さんが用意してくれた食事に箸をつける。普段なら私の隣に座る母さんが、向かいに座る父さんの隣に座った。
 向かいに座る2人が口を開こうとする様子はない。なにか大切な話をしようと、私が食事を終えるのを待っているんだろう。
 自分の咀嚼音がやけに響いて聞こえた。


 食事を終えて、向かいに座る2人を見据える。
 父さんが一枚の紙を差し出してきた雄英高校と書かれた紙を手に取る。

「全寮制……?」

 私の言葉に父さんが頷いた。
 雄英の危機管理体制の甘さを指摘されていることやオールマイトの引退による情勢が不安定になることを考えて、防犯体制の強化を目的として全寮制を導入すると紙面には書かれていた。
 全寮制導入の検討と称しているとはいえ、具体的な入寮の期間や後日配布される予定の入寮規則のことが載っているということはほとんど決定事項なんだろう。

「今日の夕方ごろに校長先生と担任の先生が直接話をしてくださるそうよ」
「……そうなんだ」

 硬い声の母さんに相槌を打つ。
 700人近くいる在校生全員の家に訪問をするのか、それとも限られた生徒だけなのか。母さんの表情からすると、後者だろう。

「赤音、この家は8月中に引っ越して引き払う」

 父さんの言葉に、部屋の隅に置かれた段ボールを見る。どうりでキャビネットに収納されていた本や飾られていた写真が無いわけだ。
 私が拉致された理由が理由だ。オール・フォー・ワンが収監されたとはいえ、死柄木や他の敵にまた狙われる可能性はある。今は神野区の事件があったことを名目に警察やプロヒーローが巡回に来ているが、それもこの先ずっと出来るわけじゃない。

「引っ越すって、どこに?」
「知り合いのツテで東京に用意してもらう。提携するヒーロー事務所もあって警備システムの確かなところだ。だから雄英に行くか、俺達と来るか。赤音はどうしたい」

 この家に住めなくなってしまったのは私のせいだというのに、2人はそれを責めることなく一緒に住むという選択肢も与えてくれている。でも私が一緒に行ってしまえばここと変わらない。今度こそ父さんと母さんにも危害が及んでしまうかもしれないというのに。
 だから父さんの言葉は嬉しいけど、悩むまでもなく私の答えは決まっていた。

「雄英に行くよ」
「赤音……私達のことは気にしなくていいのよ」
「私が、雄英に行きたいんだよ。わがまま言ってごめん」
「そうか」

 父さんが渋い顔をしながら、テーブルの上の紙を折りたたんだ。この話はもうこれで終わりだということだろう。

「先生たちが来るまで部屋で勉強してるね」

 そう言ってリビングを出る。
 雄英を選んだのは私自身のわがままだ。私が雄英にいると分かっていたら、わざわざ敵も父さんと母さんの居場所を特定しようとは思わないはずだ。父さんと母さんを危険な目に遭わせたくない。

 それに特待生であるのに雄英の決定に異論なんて、言えるわけがない。良くて特待資格の取り消し、悪くて自主退学という名の他校への編入処分だろう。
 両親に周りに、たくさんの人に迷惑をかけておいて特待生、雄英生ですらなくなってしまったら。私に残るものなんて、何もない。

 諦めなければ出来ると言ったのは自分だ。まだ頑張れる。
 だから。大丈夫だ。




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