明日は明日の風がふく | ナノ
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 飯田くんと爆豪勝己の個性で曲線を描くように降下し、敵の姿が見えなくなったところで着地する。姿が見えないにも関わらず周囲の建物は今にも崩れ落ちそうで、ここがまだオール・フォー・ワンの射程圏内であることを物語っていた。
 そのことに誰ともなく走り出す。明りのある方へと走り、射程圏外だろう駅前の雑踏の中でようやく人心地付いたと、皆の張りつめていた気が緩んだのを感じた。

「ありがとう」

 息を整えながら、爆豪勝己に礼を言う。
 爆豪勝己は怪訝そうにするものの、特に何かを言うわけでもなく鼻を鳴らした。
 その時、緑谷くんのスマホが鳴った。相槌の様子からして焦凍からだろう。

「うん。うん……塚内さんも無事、だから」

 緑谷くんと目が合う。緑谷くんは一瞬辛そうに眉を寄せ、すぐに目を逸らしてしまった。
 この中で私と焦凍のことを知っているのは緑谷くんだけだ。きっと、私が敵に拉致されたのは轟の家が関係していると思っているんだろう。だから目を逸らされてしまったのは、そういうことだ。

「……いいか!俺ァ助けられたわけじゃねえ!一番良い脱出経路がてめェらだっただけだ!」

 突然、爆豪勝己が声を上げた。切島は爆豪勝己の言い様に気を悪くすることもなく、親指を立てた。

「皆もありがとう。でもなんであんなところに……」
「俺たちがあそこにいたのは爆豪くん救出のためだ。しかし塚内くんこそ、なぜ君があんなところに……」

 飯田くんの言葉になんて答えるべきか考えあぐねていると、街頭ビジョンにオールマイトとオール・フォー・ワンが映し出された。
 飯田くんだけでなく、周りの人達の視線がモニターへと向けられる。

『――悪夢のような光景!突如として神野区が――』

「うわっ、あのビル!すぐそこじゃん!やばいやばいやばい!」
「ここから先は通行止めです!!」
「いつもみたいにパパっと片付けろよ。敵1人だろうが」
「ったく、電車止まってるしこれじゃ帰れねーじゃん。明日早いんだけど」

 すぐそばで起きている惨劇にパニックになる人がいる一方で、他人事のように不満を言う人がいる。誘導にあたっている警察官に文句を言っている人までいた。
 辺りが騒然としている中、モニターからだけでなく実際に聞こえてきた一際大きな衝撃音に、皆が動きを止めた。

 オール・フォー・ワンの衝撃波によって現れたのは、長身痩躯の男性。兄さんや緑谷くんがいるところに現れていた男性、八木さんだった。

 皆がオールマイトの姿に言葉を失い、サイレンの音だけが鳴り響いている。その中で、緑谷くんだけが他の人とは違い、激しく動揺していた。

「ひみ……つ……」

 緑谷くんが小さく呟く。
 八木さんがオールマイトだった。驚きよりもむしろ、その事実がすとんと腑に落ちた。

 あのオールマイトにヒーローになれるなんて、そんなことを言われたらどんなに無理なことでも期待に応えたいだろうし、無茶なことでもしてしまうだろう。小さい頃から無個性でもヒーローになりたいと憧れていた緑谷くんなら、尚更。

 荒い映像でも分かるほど、オールマイトの顔つきが変わる。今までに見たことないオールマイトの絶望した表情に、周囲がざわめく。

「負けるなオールマイト!頑張れー!」

 もう終わりだという絶望的な空気の中で、どこからか声が聞こえてきた。ぽつぽつといたる所からオールマイトを鼓舞する声が続き、次第にここにいる全ての人がオールマイトへ声援を送る。

 英雄とは自己犠牲の果てに得うる称号である。
 ヒーロー殺しのニュースで聞いた言葉が頭をよぎる。
 今のオールマイトの姿は小さい頃に焦凍と一緒に見たときのような筋骨隆々の姿でなければ、余裕のある素振りもない。それでも、オールマイトは戦っている。私達のために、たとえ自分がボロボロになろうとも。その姿が緑谷くんと重なった。

「オールマイト!」

 モニター越しで声なんて届かないと分かっているのに、声をあげずにはいられなかった。
 勝ってほしい。でもなによりも、もうこれ以上傷付かないでほしかった。

 オール・フォー・ワンに伸びる炎を見て、父があの場に着いたことを知る。他のヒーロー達も集まるもオール・フォー・ワンの個性によって弾き飛ばされ、オールマイトだけがその場に辛うじてとどまっていた。
 オール・フォー・ワンの腕が大きく膨れ上がっていく。オールマイトに向かって振りかぶられたのを最後に、激しく揺れて映像は途絶えた。
 モニターに何も映らないまま、オールマイトが戦っていた場所から衝撃音と風が舞い上がるのが見えた。


 皆が固唾を呑んで見守る中、ようやくモニターに映像が映し出された。
 そこには煙が舞う中で拳を突き上げた、1ヒーローオールマイトの姿があった。人々の歓声が上がる。
 それでも緑谷くんの顔が晴れることはなかった。


 敵に拉致されていた私と爆豪勝己の安否を警察やプロヒーローに伝えるため、前に進もうとするが人混みに中々身動きが取れずにいた。
 街頭モニターにはオール・フォー・ワンが拘束されている様子が、現地のリポーターによって伝えられている。

『次は……君だ』

 オールマイトの言葉に、再び歓声が上がった。

「さすがオールマイト!」
「やっぱり1ヒーローは違うな!!」
「今から専門行ってヒーロー目指そうかな」

 オールマイトへの期待と憧憬の声が次々に上がる。
 だけど、緑谷くんだけは息を押し殺して涙を流していた。それが嬉し泣きでないことは、私にだって分かる。

 オール・フォー・ワンは、オールマイトは因縁の相手だと示唆することを言っていた。緑谷くんがそのオール・フォー・ワンのことを知っていたということは、彼はオールマイトに鼓舞されたわけじゃないだろう。

 私が出会うよりも前に、緑谷くんはオールマイトに選ばれた。そして個性を与えられた。

 まるでコミックのような話だ。
 でもそれが本当だとしたら。緑谷くんが秘密にしたかったことは、オールマイトの秘密でもあって。そんなこと、緑谷くんが言うわけがない。
 ヒーローの苦悩なんて、ヒーローに捨てられた私には分かるはずがないのだから。

 緑谷くんの肩に置こうとしていた手は、ただ宙を掻くことしか出来なかった。




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