明日は明日の風がふく | ナノ
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 塚内家の養子になってから2年が過ぎた、小学1年生の時。優しい人達に囲まれ、塚内家との仲は良好だったと思う。けれど、小学校では無個性ということもあって仲良くする相手もなく、周りが外で遊んでいる中1人で本を読んで過ごしていることが多かった。
 あの日も上履きを入れる袋を隠され、見つけたときには上級生の下校時間になっていた。
 母に心配されてしまう、と普段は通り過ぎるだけの公園の中を歩いて近道をしようとしたときだった。

「赤音!!」

 その公園には3つの出入口があり、私が通ったところとは別の出入口につながる道から名前を呼ばれた。

 振り向くと、そこにいたのは私立小学校の制服を着た双子の弟の焦凍だった。
 なぜこんなところに焦凍がいるのかということと、4歳のときにはなかった筈の顔の左側の火傷痕を見た驚きで、思わず固まったまま動くことが出来なかった。
 そんな私に気づいた様子もなく、焦凍は頬を赤くさせながら駆け寄ってきた。

「学校に行くときに車の中から赤音ぽい子を見つけたからここで待ってたんだけど、やっぱり赤音だった!!」
「その顔、どうしたの」
「あ、これは……お母さんが。心の病気なんだって……」

 その時私は咄嗟に『私のせいだ』と思った。
 個性に執着する実父にとって無個性の私は殻潰しもいいところで、その怒りの矛先は全て実母に向かい、そして日に日に傷の増える実母は次第に私を見なくなった。
 私のせいで轟の家族はバラバラになってしまったんだと、目の前が真っ暗になった。

 でも、と焦凍が私の手を両手で握る。

「でも、赤音が戻ってくればお母さんも良くなると思うんだ。だから、家に帰ろうよ。あいつが何か言うかもしれないけど、僕が赤音のことを守るから。最近は個性もちゃんと使えるようになったんだよ。ほら!」

 焦凍の右側が冷気を帯びたと思ったら、焦凍の足元に氷の山が出来ていた。
 この個性は、私には受け継がれなかった母の個性だ。

「まだあまりコントロール出来てないけど、もっと頑張れば――」
「やめてよ!!」

 焦凍の言葉を遮り、手を振り払う。

「私のせいでお母さんがおかしくなったのに帰れないよ!私を捨てたのはお父さんなのに!何も知らないくせにそんなこと言わないで!!」
「赤音……」

 焦凍の右側の個性が氷を溶かしていく。それも私には受け継がれなかった、父の個性。
 私以外の兄弟は皆個性を持って生まれたのに、なぜ私だけが無個性だったのか。

 そのことを受け入れられなかった私は、焦凍が私の個性を奪ったんだと心のどこかで考えながらも、そんなことないと必死に考えないようにしていた。
 それでも実際に目の当たりにした焦凍の個性に、今まで我慢をしていたものが一気に溢れ出した。

「私が捨てられたのも!無個性になっちゃったのも!全部ぜんぶ焦凍のせいだよ!!」

 潤む視界の中で、目を見開く焦凍の顔が見えたが止められなかった。

「焦凍なんて大っ嫌い!!!!」

 そう泣き叫び、走って帰ったからあの後傷ついた顔をしていた焦凍がどうしたかはわからないままだった。
 帰宅後、母へただいまも言わず階段を駆け上がり、机にしまっていたハサミを手に取った私は迷わず自分の髪を切った。胸まで伸びていた髪の色は焦凍の左側と同じ色で、その色を見るのも嫌になって起こした行動だった。
 何も言わずに部屋へ行った私を不審に思った母が名前を呼びながら部屋のドアを開ける。泣きながら自分の髪の毛を切る娘に、母は悲鳴をあげた。

 「焦凍と同じ髪なんて嫌だ!こんな髪いらない!!」

 慌ててハサミを取り上げた母の腰に縋り付いてハサミを取り返そうと泣き叫ぶ娘に母は何を思ったのか。
 その日。私は塚内家に来てから、初めて泣いた。

 母に抱きしめられながら泣き疲れてそのまま眠ってしまったから、そのあとに父と母の間でどのような話がされたかはわからない。けれど、目を覚ますと私がバラバラに切ってしまった髪の長さを母が整え、髪の色を黒く染めてくれた。

 「私達と一緒ね。似合うわよ」

 そう言ってくれた母と何も言わずに頭を撫でてくれた父。

 このときから私は塚内家の娘として、家族のために何かをしたいと強く感じたのだった。
 そして無個性というハンデを少しでもなくすため勉強をする時間を増やし、兄にこっそり頼んで(きっと父と母は気づいていただろうけど)、兄達が小さいころに通っていたという道場にも行かせてもらえるようになった。

 私は家族に支えられて、ここまでやってきた。
 高校入学はスタートでしかないけれど、それでも今度は私が家族に恩返しをしていく番だ。

「赤音!いつまでお風呂に入ってるの?大丈夫?」
「ごめん!もうあがるね」

 脱衣所から母の声が聞こえ、湯船からあがる。
 髪を染めるのは土日にして、今日は授業の予習と復習と予備校の課題をしよう。

 雄英高校の特待生入試まで、あと10カ月を切っていた。




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