頭が重いと意識したと同時に目を開ける。起き上がり、自分が横になっていたものはソファだったことに気付いた。
視界は少しぼやけているが、ここが私の知らない場所であることは分かる。光源は天井近くの小さな窓からの街の明かりだけで、薄暗い室内に照明はない。
「起きたか」
声がした方を振り向く。概貌からそれが死柄木だと分かった。
壁にもたれかけていた死柄木が向かいの丸椅子に腰かける。今のところは、危害を加えようとする様子は感じられない。
動揺を悟られないようにソファに座り直す。
「大人しくしていれば悪いようにはしないさ」
「……何が目的だ」
「何だと思う?」
勿体ぶるような死柄木の言い方が気に障るが、私が答えるまでは何も話すつもりはないようだ。
「……人質にするつもりなら父さんはもう警察ではないし、エンデヴァーは世間に公表される可能性も考えているから無駄だよ」
自分の家庭環境を考えれば人質以外に目的があるとは思えない。
「残念、ハズレだ。俺はお前を勧誘しようと思っていたんだよ」
「……敵になるくらいなら死んだ方がマシだ」
私の言葉に死柄木が嗤う。
死ぬことなんて出来るわけがないというような、そんな嗤い方だった。
「酷い言い方するなァ。捨てられてもさすがはヒーローの娘、矜持が許さないってか!」
「うるさい……」
木椰区の時と同じだ、と自分に言い聞かせる。
それでも、死柄木のいやに仰々しい言葉に嫌悪することを止めることができない。
「無個性だから実の親に捨てられたんだろ?この個性ありきの社会はお前に冷たいよなぁ?世間も親も兄弟も友達もさ。ヒーローだってのに、お前を救けようとするのは誰も――」
「うるさい!!!!」
自分の声が部屋中に響く。今まで出したこともないような声に頭まで揺れたような気がして、両手で頭を押さえた。
捨てられたのも社会に適応できないのも、私が無個性だからだ。
でも皆に救けてほしいわけじゃない。私は、ただ――
「でも、俺ならお前を理解してやれる。」
顔を上げて死柄木を見る。
表情までは分からないけど、その目は嗤うこともなく真っ直ぐに私を見ていた。
「個性持ちに劣らない能力があるのに個性が無いってだけで誰もお前を理解しようとしない。なんで無個性というだけで虐げられなきゃならない。お前が悪いわけじゃないのに。なぁ、お前の力が俺には必要なんだよ。轟赤音」
椅子から立ち上がった死柄木が私に向かって手を伸ばす。
「俺の仲間にならないか?」
誰が敵なんかに。なんと言おうと敵は敵だ。そう言いたいのに、言葉が出てこない。
目の前に差し出された手を弾こうにも体が動かず、ただその手を見つめることしか出来なかった。
「……まぁいい。1日やる。よく考えるんだな」
そう言って手を戻し、死柄木はドアを開けたまま部屋を出て行った。
ドアを開けたままなのは私は大した脅威ではないからだろう。とはいえ動く気にもなれず、ソファにもたれかかる。
落として上げるのは詐欺師の常套手段だ。だから騙されてはいけないのに。あの目は嘘をついているようには見えなかった。
廊下から足音が聞こえ、体を起こす。
窓からの明かりは廊下までは届かず、人の気配はしても風貌は暗くて分からない。
暗闇を見つめると、喉の奥から押し殺すように嗤う声が聞こえた。
「かわいそうに」
そう言ったのは死柄木とは違う男の声だった。
私が口を開こうとする前に足音が遠ざかっていく。
男のものなのかは分からないが、嗅いだことのない何かが焦げたような臭いがした。
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