病室のドアがノックされる。医師の診察かとドアの方を見ると、そこに立っていたのは兄さんと、あの長身痩躯の男性だった。
「赤音……」
目を見開いて言葉を失っている兄さんに罪悪感を抱きながらも、男性の方に目を向ける。
この男性がいるのはいつも緑谷くんが傷ついているときだ。
「単刀直入に伺います。あなたがいるときいつも緑谷くんはボロボロになっていますが、あなたと緑谷くんはどういう関係なんですか」
警戒心を隠さずに男性に尋ねる。
口を開こうとした兄さんを男性が手で制した。
「……私の名は八木俊典。緑谷少年の指導をしている」
「海浜公園の清掃活動を指示したのもあなたですか」
「何故それを……いや。そうだ、私だ」
私の言葉に目を丸くしながらも男性が頷いた。
海浜公園のことを指示したというなら、この男性が緑谷くんが期待に応えたいと言っていた人だろう。てっきりプロヒーローだろうなと思っていたけど、男性の風貌からはとてもヒーローには見えない。
緑谷くんにとっては尊敬する人なのかもしれないけど、私には父のように自分の夢を緑谷くんに託した人としか見えなかった。
「赤音、俺達は仕事で来たんだ」
「……海浜公園で緑谷くんが個性を一切使わなかったのはあなたの指示ですか」
兄さんの言葉を無視して男性に問いかける。
この人なら緑谷くんの個性が何なのか知っているかもしれない。
「それとも緑谷くんの個性は――」
「赤音、いい加減にしろ」
兄さんの語気を鋭くした声に思わず口を閉じる。
男性の手を退け、兄さんが私の目の前に立った。
「1人で行動するなと言ったはずだ。どうしてここにお前がいる。友達の誰かが伝えたのか」
「皆は関係ない。昨日ニュースで被害のあった場所を言っていたから、近くの病院を調べてここに来た」
普段の兄さんとは違う、警察官としての冷徹な顔をした兄さんを見据える。
「……この前みたいに彼が心配だったからとでも言うつもりか」
「友達が傷ついている。それなのに何もできない人間になりたくない」
「時と場合を考えろ。お前がここに来て何が出来る」
兄さんの言っていることが正しいのは分かっている。私が言っていることは感情論でしかないということも。分かっているから、兄さんに何も言えなくて歯噛みすることしか出来なかった。
言葉を返さない私に兄さんが眉間を揉みながら深く息を吐いた。
「……赤音。お前のことを知ってる敵がどう動くか分からない。赤音が今一番優先しなきゃいけないのは自分自身なんだ」
別に何も考えずにここに来たわけじゃない。個性が無くても自衛する術だって持っている。でも、そう言っても兄さんには分かってもらえるわけがない。
兄さんから目を離し、鞄を肩に掛け直す。
「……緑谷くんのお母さんがコンビニで休んでるから声をかけて、そのまま家に帰るから」
「赤音、あとで家まで送る」
「公用車の私的な利用は駄目じゃないの。1人で帰れるし」
「子どもがそういうことを気にするんじゃない。いいな」
兄さんの有無を言わさぬ言葉に頷くしかなくなってしまった。
緑谷くんの意識が戻らない以上、彼に話を聞くことはできない。兄さん達は他の負傷した人達の話を聞くために病室を出て行った。
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