職場体験の期間中、再び保須市に現れたヒーロー殺しが逮捕された。ヒーロー殺しを取り押さえたのは実父だったという。つまり、焦凍があの場にいたということだ。
ニュースを見てすぐに焦凍に電話をしたが繋がらず、翌日に焦凍から電話が来た。新聞記事に書かれた高校生3名は焦凍と飯田くん、そしてもう1人は緑谷くんだった。3人とも、特に飯田くんは腕に後遺症が残るほどの怪我をしたらしい。命に係わるようなものではなかったことに安堵するが、それでも負傷したということはヒーロー殺しか脳無か、どちらかと会敵したということだろう。
焦凍から話を聞いて緑谷くんと飯田くんにも連絡をしようとしたけれど、焦凍とのつながりを知らない2人にヒーロー科でもない人間が連絡をするのはおかしいだろうと思って、結局連絡はしなかった。
今日、職場体験を終えたヒーロー科の生徒達が学校へと戻ってくる。
あの後回復した焦凍は実父のもとへと戻り、最終日まで職場体験を続けた。プロヒーローとしてのアイツの行動は間違っていなかった、となんとも言えない声で焦凍はそう言っていた。
「塚内くん」
登校中、後ろから声をかけられ振り向くと飯田くんが立っていた。飯田くんの腕を一瞥する。包帯やギプスをなく、目立った傷も見られなくて、安心した。
「おはよう、飯田くん。……職場体験、大変だったんだってね。無事でよかった」
「っ、すまない!」
そう言って、飯田くんが頭を下げる。
「君に心配をかけさせておいて、自分のことしか考えていなかった。本当にすまないことをした」
「そんなこと……」
決して飯田くんだけが悪いわけじゃない。私も飯田くんを責めるように言わなければ良かった。そう言おうとした言葉を飲み込む。
そんな風に言ってしまえば、飯田くんはますます責任を感じてしまうだろう。
「うん。今度は、何かあったら相談してね」
「……ああ。必ず」
飯田くんが頭を上げ、肩の力を抜いたように笑う。いつもの自信に溢れた笑みではない、初めて見るものだった。
飯田くんのわだかまりが少しでも解かれていればと思う。今の私が彼に出来ることはそれくらいしかなかった。
授業を終えて、トレーニングルームへ向かう。普段であれば道場へ行く日だったが、先週から稽古は全て中止になり、道場も閉館している。詳しい理由は分からないが、あの先生が体調を崩すとは思えなかった。
突然、トレーニングルームの扉が開く。
そこにいたのは、心操だった。ここで心操と会うのは体育祭の前に話をしたとき以来だ。
心操が私の方に向かって歩いてくるのが見え、手を止める。
「塚内さん。あのさ、頼みたいことがあるんだけど」
マシンから手を離し、心操を見る。走ってきたのだろうか、心操の息は少し荒い。
頼み事とはなんだろうか。心操に次の言葉を促す。
「実は、ヒーロー科への編入のこと、検討してもらえることになったみたいでさ。さっきセメントスにそう聞かされただけだから、編入試験がどんなとかいつなのかとかも分からないけど」
心操の言葉に瞠目する。体育祭のトーナメント戦で緑谷くんといい勝負をしていたから、編入の話が来てもおかしくはない。
「それは、おめでとう。それで頼みっていうのは?」
「あぁ。あのさ、体育祭のときに基礎体力をつけろって言ってただろ?それで、自分なりに筋トレとかはしてるんだけど、あんまり上手くいってる感じがしなくて。だから塚内さんが普段どんな風にしてるのか参考に教えてほしい」
確かに心操の体格は体育祭の時よりもがっしりとしたように見える。とはいえ、時期的にもスランプになっている可能性もあるだろう。
持ってきていた鞄の中から手帳を取り出す。いつも持ち歩いている、基礎体力や運動能力のことについてまとめていたものだ。
「君にも参考になるかは分からないけど、これを貸すよ」
「え、いいのか?」
「いいよ。見辛いところもあるだろうから、分からないことがあったら聞いて」
困惑した様子の心操に手渡す。
人に見せられないようなことを書いているわけでもないし、自分の頭の中には記録したことも入っているから、別になくても困るものでもない。
「話だけでもって思ってたけど……ありがとう。助かる」
「応援してる。頑張って」
心操とはただのクラスメイトだけど、夢に向かって頑張ろうとしている彼に好感を持っている。
私も負けていられないと思い起こさせてくれるからだ。
← →
back
.