明日は明日の風がふく | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 お茶子ちゃん達と昼食を食べた翌日の放課後、1学年のクラス委員会のために空き教室へと向かう。ヒーロー科の終業時間に合わせて行われるため、飯田くんは最後に教室へとやってきた。飯田くんに声をかける時間もなかったが、いつものように挙手をして意見を述べている彼の姿が、どこか不自然に見えた。4日前に飯田くんのお兄さんがヒーロー殺しに襲われたばかりだ。飯田くんはお兄さんのことをとても尊敬しているのに、何も感じていないわけがない。
 クラス委員会が終わり、それぞれの生徒達が教室を出て行くなかで飯田くんと目が合った。

「飯田くん、お疲れさま」
「塚内くんもな。ヒーロー科以外は7限がないのに部活の途中で抜け出してきたりするんだろう?」
「他の人はそうみたいだけど、私は帰宅部だから。授業の復習をしてるくらいだよ」
「復習か。うん、それは大事だ」

 飯田くんが力強く頷く。違和感がないくらいに、いつもの飯田くんだ。

「そういえば、今度職場体験に行くんだってね。お茶子ちゃんと梅雨ちゃんから聞いた。飯田くんは東京の保須市だって」
「ああ。ノーマルヒーローのマニュアルさんから指名をいただいたからな」

 保須市のヒーローは飯田くんのお兄さん、チームで活動をしているインゲニウムの事務所の業績が突出していて、それ以外のヒーロー事務所はどれも似たり寄ったりだ。
 飯田くんの個性や体育祭での活躍を見れば、著名なヒーローからの指名もあったに違いない。それなのにあえて無名のヒーローの指名を受けたのは。

「……お兄さんが保須で襲われたから、そこの指名を受けたの?」
「……」

 飯田くんの表情が硬くなる。ヒーロー活動を休止することになったお兄さんの代わりに、保須市のヒーロー達の活動を手伝う、というわけではないだろう。
 ヒーロー活動に私情を持ち込むことは禁止されている。ヒーロー協会の規約にも書かれていることだ。それを、飯田くんが分からないはずがない。

「ごめん、余計なこと言って。……そういえば、お兄さんの状態って良くなってるの?」
「……ああ。快方に向かってる」

 飯田くんの表情は晴れることなく、重苦しい空気が続く。
 聞かなければ良かったんだろうか。ヒーローでもヒーロー志望でもなんでもない人間に詮索されるなんて、煩わしいだけだったかもしれない。

「……私でも話くらいは聞けるから。なにかあったら言ってね」
「ああ、ありがとう。じゃあまたな」

 飯田くんとは乗る電車が違うため、駅の前で飯田くんに声をかける。
 無理やり口角を上げたように、飯田くんが笑みを作る。私も同じような顔をすることしかできなかった。


 夕食を食べ終えて明日の授業の予習をしながらそろそろかと思っていると、携帯に焦凍からの着信を知らせる音が鳴った。この時間になると電話かメッセージかはその時によって変わるが、焦凍から連絡が入ることが多かった。
 勉強していた手を止めて、携帯を手に取る。
 焦凍が電話をするときは何か伝えたいことがあるときだけど、話し出そうとする様子はない。

「そういえば、ヒーローネームを考えたって話を聞いたんだけど、焦凍は何にしたの?」
『ショート』
「名前?」

 小さい頃の話だけど、ヒーローネームなら2人で考えていた。将来2人でプロヒーローになるから、と考えていた名前だ。

『別に赤音と考えたやつだからってわけじゃない。ただ、まぁ、合わないなって思っただけだ』
「あー…」

 ヒーローといえばオールマイトか実父ぐらいしか考えていなかった中で作ったヒーローネームは、たまにテレビのCMで見るような女児向けアニメのキャラクターみたいな名前だった。たしかに、高校生にしては少し幼すぎる。

『かといって他にも良いのも思いつかなかったから、名前にした』
「そういうことね」

 特に気にした様子もなく淡々と話す焦凍の様子に内心安堵する。

『……あと、来週にある職場体験、親父のところに行くことにした』

 少し時間をおいて、焦凍がポツリと呟いた。
 焦凍の職場体験先と聞いて、真っ先に思い浮かんだのが実父のところだった。オールマイトが雄英の教師になったことで、2の実父が実質現場で活躍するトップヒーローと言えるし、焦凍の個性を実父以上に熟知しているヒーローもいない。とはいえ、今までの言葉の端々からあまり良い関係とは言えないんだろうとは思っていた。その原因になったのは私だから、何も言えなかった。

「うん」
『アイツのやったことはまだ赦してねえ。……でも、世間から2って言われているのは事実だ。それを確かめに行ってくる』
「うん。頑張ってね」
『あぁ。また連絡する』

 おやすみ、と言って焦凍との通話を切る。
 炎熱の個性は焦凍のものだと言っても、今までの考えを変えることは簡単ではない。実父のところへ職場体験に行くと言ったのも私に後ろめたさを感じているからだろう。そんな焦凍に私は応援することしかできなかった。
 焦凍に対しても、飯田くんに対しても、何もできない自分に歯痒さを感じた。




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