明日は明日の風がふく | ナノ
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「ただいま」
「おかえりなさい。とりあえず先にお風呂入ってきたら?」
「うん」

 帰宅すると、玄関の前で出迎えてくれたのは母だった。言われた通り、そのまま脱衣所へ向かう。
 あのあと、焦凍とは雄英高校の最寄り駅で別れた。帰り道でお互いに言葉を交わすことはなかったけれど、それでも隣に焦凍がいるというだけで心は穏やかだった。
 お互いに別の路線の電車で通学しているため、改札口は異なる。それでも焦凍は姿が見えなくなるまで、改札口の前に立っていた。

 入浴後、リビングへ行くと既に夕食が用意されていた。いつもよりも豪華な夕食に思わず目を見張る。

「赤音、体育祭お疲れ様!」
「うん……」

 嬉しそうに母が笑みを浮かべる。しかし1回戦敗退と、大した記録も残せずに終わってしまった。心操のほうが私よりも良い成績を出している。
 今回の体育祭の目的は好成績を残すことで、塚内の家族がしてきたことは無駄ではなかったと証明するということだった。けれど私は家族よりも友人達を優先してしまった。そのことに後ろめたさを感じて、母から顔を逸らす。

「応援してくれたのに良い結果が残せなくてごめんなさい」

 私の言葉に父と母が顔を見合わせる。赤音、と静かに私の名前を呼んだ父の声に顔を上げる。

「私達は一緒懸命に頑張ってる赤音の姿が見れただけで十分だ」
「それにね、借り物競争のときにあなたが本当にいい顔をして笑ってたことが一番嬉しかったの。お友達ができたのね」

 借り物競争、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんと一緒に走ったときのことだ。
 今まで私には友人と呼べる存在はいなかった。そのことを両親は何も言わなかったけれど、心配していたんだろう。何から何まで心配ばかりかけている。
 それでも、母の言葉が嬉しくて、小さく頷く。

「……うん。本当に良い人達なんだ」
「そうか。良かったな」

 普段感情を表に出すことのない父が顔を緩ませ、私の頭を撫でた。


 夕食を済ませ、母が食器を片付けるのを手伝う。リビングでは父が晩酌をしながらテレビのニュース番組を眺めている。
 プロヒーローのインゲニウムが敵との交戦で意識不明の重体になったというニュースが流れる。インゲニウム、飯田くんのお兄さんのヒーロー名だ。食器を拭く手を止めてテレビを見る。
 現在も逃走中のステインは、過去に17名のヒーローを殺害、23名のヒーローが再起不能になり全国に指名手配されている敵だ。テレビを見つめる私を不思議に思ったのか、母に声をかけられる。

「インゲニウム、友達のお兄さんなんだ」
「まぁ……無事だと良いわね……」
「うん……」

 以前、食堂で誇らしげに自身の兄のことを話してくれた飯田くんの姿が頭をよぎる。敵との戦いの中でヒーローが命を取り留めた例は多くあるが、ヒーロー職に完全復帰したという例は少ない。
 飯田くんは大丈夫だろうか。最悪な事態にならなければいいと、祈ることしかできなかった。


 母の手伝いを終えて自室へ戻ると、マナーモードにしていた携帯が震えている。発信者は兄だった。

「もしもし」
『あぁ赤音。体育祭お疲れ。実家帰れなくて悪いな』
「ううん。兄さんも仕事お疲れ様」

 兄は以前A組を襲撃した敵を追っているらしく、ここ最近は実家に戻ってくることが少なくなった。マンションにも衣類を取りに戻る程度で満足に帰れていないようだ。それでも、仕事の合間を縫って連絡をしてくれているのだから、それだけで十分だ。

『母さんから聞いたよ。最近赤音が明るくなってるって。学校楽しんでるみたいだな』
「うん。友達が出来たんだ」

 両親と同じようなことを兄にも言われ、こそばゆい気持ちになる。本当に私は良い家族に恵まれたんだと実感した。

『赤音、そのことなんだけどな……いや、何でもない。これからも頑張れよ』
「うん、兄さんも体壊さないようにね」
『あぁ。それじゃあおやすみ』

 兄はそう言って、通話を切った。途中兄が何かを言いたげにしていたが、何かあったんだろうか。
 椅子に座り目を閉じる。お茶子ちゃんや梅雨ちゃんのこと、飯田くんのこと、緑谷くんのこと、そして焦凍のこと。色々な感情が込み上げてくる。本当に、今日1日色々なことがあった。
 今日の良かったところも悪かったところも、いつかそれが自分の糧になるだろうと思い、ノートを手に取った。




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