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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 焦凍の名前を叫び、激励を送る実父の姿に周囲からのざわめきの声が聞こえる。しかし、中央の緑谷くんと焦凍はそれを意に介す様子もなく、互いに構えた。
 もうこれが最後になるだろう両者の鬼気迫る様子に石山先生が香山先生の名前を呼ぶ。石山先生の個性によって2人の間にコンクリートの壁が造られたそのとき、炎熱によって空気が過膨張し、爆風を引き起こした。緑谷くんが腕を振りかぶって起こしたものとは比べ物にならない威力に、思わず両腕で顔を覆う。

『ったく何も見えねー、オイこれ勝負はどうなって……』

 不自然に途切れた実況に顔を上げる。爆煙が晴れ、場外で倒れている緑谷くんと下半身を氷で覆い場外になるのを防いだ焦凍の姿が見えた。

「緑谷くん……場外。轟くん――…3回戦進出!!」

 香山先生の声がスタジアム中に響く。焦凍は準決勝へと進み、緑谷くんはベスト8敗退となった。
 意識を失っていた緑谷くんは搬送型ロボットによって修繕寺先生の元へと運ばれていった。それを見届けた焦凍は、左手を見つめ、拳を握って静かに試合場を後にした。
 試合場の修繕のための時間が設けられ、観客の話題は先ほどの緑谷くんと焦凍の試合のことで持ちきりだ。発破をかけ、焦凍に負けた緑谷くんの行いは、何も知らない人達には奇行に見えただろう。

「何なんだよ、緑谷のやつ……塚内さん?」
「ごめん、通して」

 1回戦で緑谷くんに敗退した心操としては、今の緑谷くんの試合に納得していないのだろう。そんな心操を後目に、彼が答える前に通路に出る。
 慌てたように私の名前を呼ぶ心操の声が聞こえたが、いても立ってもいられず保健所に向かって走り出す。
 緑谷くんがなぜあんな行動を取ったのか。彼のために、というよりは私と焦凍のために聞かなくてはいけないような気がしたから。

 保健所の扉の前には手術中と書かれたプレートが掛けられており、扉の横には金色の髪をした骨と皮だけのような痩身長躯の男性が立っていた。

「君は……」

 見覚えのない人だが相手は私に心当たりがあるらしく、窪みの奥の碧色の目を丸くした。おそらく緑谷くんの知り合いの方だろうと会釈をする。
 試合場の修繕が終了し、飯田くんと塩崎さんの試合が始まることを告げるアナウンスと観客の歓声が通路に響いた。
 保健所の中からは時折緑谷くんのうめき声とそれを叱咤する修繕寺先生の声が聞こえる。先生の声から察するに粉砕骨折した骨の破片を取り除いているようだ。

「……もう試合が再開しているが、応援席に戻らなくてもいいのかい?」

 通路を挟み、斜め向かいに立つ男性に声をかけられる。
 さっきはまともに戦えなかった飯田くんの試合を見たいが、彼の個性であれば塩崎の茨は障害になることもなく、塩崎を場外に出すことができるだろう。心操に悪いことをしたという気持ちはあるが、飯田くんが負けるということはないだろうし、私は後で録画したものを見れば良いだけだ。

「はい」
「そうか……」

 金色の髪をした男性は顎に手を添えて、そのまま考え込むように小さく唸りだした。
 保健所の中からは修繕寺先生の治癒をするときの独特の声が聞こえ、しばらくして修繕寺先生が扉を開けて出てきた。

「手術は終わったよ……って、アンタもいたのかい」

 修繕寺先生に頭を下げ、保健所の中へと入る。全身を包帯で巻かれた緑谷くんがベッドの上に横たわり、荒く息を吐いていた。

「っ、塚内さん……」

 緑谷くんの苦し気に閉じられていた瞳が開かれる。手術後とはいえ、ボロボロな彼の姿に顔を顰める。

「焦……轟が両方の個性を使えば君の勝ち筋が薄くなるなんて、分かっていたんじゃないの?それなのに、なんであんなことをしたの」
「……」

 緑谷くんが視線を逸らす。重傷を負った彼に聞くのは酷なことだとは思う。
 中に入ってきた修繕寺先生と金色の髪の男性は、何も言わず私達の様子を傍観していた。

「……余計なお世話だったとは思ってる。でも、僕も皆も本気でやってるのに、轟くんは全力を出そうともしないで一番になろうとしてて……っそれが悔しくて、悲しくて、咄嗟に動いてた……」
「それは……」

 自己犠牲がすぎるのではとか、君がそこまでしなくても良かったのにと、思い浮かんだ言葉を飲み込む。
 焦凍がああなってしまったのは私の責任だ。それなのに、緑谷くんは焦凍を救けようとしていた。これ以上緑谷くんに頼ってはいられない。
 頭を振って、緑谷くんを見る。

「……うん、そう。あまり無茶しないでね」
「……うん」

 私と同じように緑谷くんも口角を上げる。無理やり作られた笑みはお互い歪なものだった。
 まだ細かい治療が残っているからと修繕寺先生に言われ、保健所を出る。

「ありがとう、緑谷くん」

 扉越しに緑谷くんに向けて呟く。緑谷くんは私と焦凍の関係を知らないから、本人の前では言えないけれど、それでも言わずにはいられなかった。
 焦凍が炎熱の個性を使ったあの時、焦凍は確かに私を見た。あのときに聞こえた謝罪の言葉は、10年前の私の言葉に対してだろう。今でも私は焦凍を縛り付けている。
 それなのに自分は憎んでいてもいいからと思っていながら、焦凍から逃げているだけだ。けれど、緑谷くんは逃げることなく焦凍に立ち向かった。
 緑谷くんからきっかけを貰った。他人である彼にあそこまでしてもらいながら、双子の片割れである私が行動しないでどうするのか。次は、私が焦凍と向き合わなくては。




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