私と焦凍は仲が良すぎると苦笑されるほど、いつも一緒にいた。相手の考えていることは互いに理解していて、一緒にいることが当たり前だと思っていたからだ。
父に隠れて焦凍と母と3人で観たオールマイトに憧れた焦凍を見て、同じようにヒーローに憧れた。憧れ、というよりはそれ以上に焦凍の強い想いに感化されたというべきかもしれない。
父の鍛錬が辛いと涙を流しても、目を輝かせてオールマイトのようなヒーローになりたいと語る焦凍が好きだった。そんな焦凍を見て、一緒にヒーローを目指そうと、2人でならオールマイトを超えるヒーローになれると本当にそう思っていた。
けれど、焦凍が個性を発現させても自分は発現せず、そのことに焦りを感じた。それでも姉として弟に気付かれたくないと、焦凍の前にはおくびにも出さないようにしていた。
「お母さん。……私、ヒーローになれるのかな?」
焦凍がいないときに、母にそう尋ねたことがある。不安げな顔をしていた私に目を合わせるように、母は腰を下ろした。
「どうして?」
「だって、焦凍はもう個性を持ってるのに私はまだ持ってないから……」
「……」
顔を俯かせ、両手を握りしめる母がじっと見つめる。
そのとき、母がどんな表情をしていたのかは分からない。私の頭に母の手が乗せられ、顔を上げる。
「強く想う将来があれば誰だってなりたい自分になれるのよ。赤音がなりたい自分になりなさい」
そう言った母は泣きそうな顔をしていた。もしかしたら、このときには母が私が無個性なのではと感じていたのかもしれない。それでもそれを知らない私は、母の言葉に自分はまだ焦凍と一緒にヒーローを目指してもいいのだと、父の鍛錬を続けていた。
けれど4歳の誕生日の前日になっても私の個性は発現することはなかった。ついに痺れを切らした父によって病院に連れていかれ、個性検査を受けることになった。父も薄々気付いていたのかもしれないが、ヒーローという外聞重視の職種のため、個性検査を受けたのはそのときが初めてだった。
そして無個性と診断され、そのとき父は激昂もせず、1つため息を吐いただけだった。
無個性と診断された後、父は私に目を向けることもなくなった。父からは今後鍛錬に来なくてもいいと使用人を通じて伝えられたが、それでも焦凍と共に道場へ行ったときには焦凍だけが中へ通され、私の目の前で戸は閉められた。
それからは、私が父の意にそぐわない行動をとれば、母や時には周囲の人間が私の代わりに罰を受けるようになり、私は腫れ物のように扱われた。
誰も関わろうとしなかった私の傍にいたのは母と焦凍だけだった。母は監視するように私が何かをしようとするごとに過剰に反応した。もう何もしないで、と言ったときの母の表情は冷たかった。
無個性だとわかる前と変わらずに私に接していたのは焦凍だけだった。けれど私と焦凍の立場が逆転したことが何よりも堪え、気付けば焦凍が何を考えているのか、分からなくなっていった。
そうして無個性と診断され腫れ物扱いをされて過ごすようになってから1年が経ち、使用人を通して塚内家に養子として行くようにと伝えられた。
轟の家を出るときには家族の見送りはあるはずもなく、新しい家で用意されるからと、私が持っていくことを許された物は何1つなかった。
あぁ、私は捨てられたのか。
涙は出ず、ただ漠然とそう思った。
そして塚内家の養子となって就学し、図書室に籠りきりになっていたときに1冊の本を見つけた。『個性のひみつ』というタイトルの本は学童向けの本ながら、個性の成り立ちやそれに伴う社会情勢の変化など子どもには難易度の高い本であったが、タイトルを目にしたときには考える暇なくその本を手に取っていた。振られたルビを見ながらなんとか読み進めていき、双子と個性発現の関係性について載っているページに、思わず息を呑んだ。
双子は1つの遺伝情報を2人で分けることになるが、綺麗に等分されるわけではないため個性発現因子はどちらか一方が持つことが多い、というものだった。
それは根拠のない仮説であり、学童向けにデザインされたキャラクターが面白おかしく言っていたが、私は絶望しか感じなかった。
どうして私はヒーローになれないのか。
どうして私を無視するのか。
どうして私を捨てたのか。
どうして、私は無個性なんかに生まれてしまったのか。
――私が捨てられたのも!無個性になっちゃったのも!全部ぜんぶ、焦凍のせいだよ!!
「君の!力じゃないか!!」
緑谷くんの悲痛な叫び声に、両手で顔を押さえる。
ようやく気付いた。なぜ焦凍が炎熱の、父の個性を頑なに使わなかったのか。
全て、私のせいだ。
ごめん焦凍。緑谷くんの言う通りだ。悪いのは私から全てを奪った焦凍のせいだと考えることで自分を正当化しようとしていた。オールマイトのようなヒーローになりたいと語る焦凍が好きだなんて、どの口が言えるというのか。焦凍がヒーローになることを望んでおきながら、私がその可能性を潰していたのだ。
焦凍への謝罪と後悔が頭の中を埋め尽くしていく。
――赤音、ごめん。
そのとき、焦凍の声が聞こえたような気がして、咄嗟に顔を上げる。1秒にも満たない短い時間だけれど、確かに焦凍が私を見上げていた。
ごめん、という焦凍の言葉が何を意味しているのか、言われずとも理解した。
そして、焦凍が炎熱の個性を使った。
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