明日は明日の風がふく | ナノ
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「塚内さん」

 応援席へと戻ると、私に気付いた心操が通路に立つ。私が通りやすいように出てくれたのだろう、心操に軽く頭を下げて席に座る。
 スタジアムの中央では緑谷くんと焦凍が対峙していて、開始の合図がかかるのを待っていた。

「どっちが勝つと思う?」
「私は……」

 緑谷くんが無個性だと思っていたときの私であれば、迷うことなく焦凍の勝利を予想していただろう。けれど、緑谷くんは個性を持っていた。しかもあの威力だ。ハイリスクな個性ではあるみたいだけれど、それでも焦凍が苦戦を強いられる可能性は十分にある。

「轟くんの方が勝機はあるだろうけど、どちらが勝ってもおかしくないと思う。緑谷くんは高威力の攻撃が出来る回数が限られているようだから、それまでに決着が着けばの話だけど」

『今回の体育祭、両者トップクラスの成績!!まさしく両雄並び立ち、今!!緑谷対轟!!START!!』

 試合が始まった瞬間、焦凍の氷結が緑谷くんに襲い掛かり、緑谷くんはその氷結を指で弾き飛ばした。緑谷くんの攻撃によって体が吹き飛ばされないよう、焦凍の背後に氷が張られる。

「じゃあ緑谷は短期決戦で決めるつもりか?」
「……それなら轟くんが氷結を使う前に決着をつけようとする。緑谷くんは防戦一方だし、おそらくスタミナ切れを見越して耐久戦に持ち込もうとしているんだと思う」

 とは言うものの、心操の言うように緑谷くんの個性なら短期決戦で決めるほうが得策だろう。焦凍を相手におそらく使用回数に制限のある個性で耐久戦に持ち込むのは分が悪すぎる。
 氷結によって助走をつけて跳んだ焦凍の攻撃に緑谷くんが体勢を崩し、すかさず焦凍の氷結が緑谷くんを狙う。
 緑谷くんの左足が氷に覆われかけたそのとき、緑谷くんが左腕を大きく振りかぶり焦凍を吹き飛ばそうとした。

「……緑谷、あれじゃもう戦えないだろ」

 心操の言葉に緑谷くんを見る。彼の両手指と左腕は激しく損傷していて、もう使い物になりそうもない。
 自身の身を危険に晒すことの多いヒーローという職業であっても、名誉の負傷と言っても過度の負傷は見る者に不安を与えるだけでしかない。スカウト目的で見ているプロヒーローがいる中で、緑谷くんのそれは愚策としか言いようがなかった。そのことに彼が気付いていないはずないと思うが、それでもなお、緑谷くんは焦凍を見据えていた。

『圧倒的に攻め続けた轟!!とどめの氷結を――』

 ここまでと判断したのか、緑谷くんに迫る氷結に試合終了を告げようとしたそのとき、緑谷くんが再び指を弾いた。反応に遅れた焦凍がラインぎりぎりまで吹き飛ばされる。
 緑谷くんが焦凍に向かって話をしている。何を話しているのかその内容は分からないが、焦凍の表情が徐々に険しくなっていくのが見えた。

「全力でかかって、来い!!」

 折れているであろう右手の指を曲げて、緑谷くんが拳を握りながら叫んだ。
 全力、というのは焦凍のもう1つの個性を指しているのだろう。しかし満身創痍である緑谷くんはもう立つのもやっとな状態に見えるが、それでもなぜ焦凍に発破をかけるのか。
 そして焦凍もだ、いくら個性とはいえ限度はある。氷結なら体温は徐々に低下し体内臓器の活動は低下していくため、炎熱の個性を使うことで体温調節が可能になるが、焦凍が炎熱の個性を使おうとする様子は見られない。瀬呂との試合では炎熱の個性で氷を溶かしていたから、扱えないというわけではないんだろう。

――きっと赤音はお父さんみたいな個性が出るんだろうね。
――じゃあ私がお父さんの個性で、焦凍はお母さんの個性だね。
――オールマイトみたいなヒーローになれるかな……。
――2人でならきっとなれるよ!
――っうん!!

「っ!」

 それは、まだ個性が発現する前に焦凍と将来の夢を語り合ったときの記憶だった。
 脳裏を掠めた記憶に声を上げそうになり、咄嗟に口を手で押さえる。

「塚内さん?」
「あ、いや。気にしないで」

 訝し気な顔をする心操を横目に、顔を前に向ける。それでも目の前に映るのは満身創痍の緑谷くんでも焦凍でもなく、父と母の両方の個性を発現させ愕然とした表情を浮かべたあの頃の焦凍の姿だった。




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