明日は明日の風がふく | ナノ
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 石山先生に体育祭での補助具使用のための申請届と使用する補助具を渡すため、教室ではなく教員室へと向かう。
 公共の場において、無個性の人間は殺傷性のないものに限って護身用としての補助具の使用を許可されている。私が申請届を出したものは組み立て式のトンファーだ。高強度の特殊合金でできた棒を組み立てたものであり、全てを直列で繋ぐことで長さ1.4mの棒にもなる。
 体育祭での使用はサポート科の教員が調べた後、使用の可否が判断される。護身用として国の審査も通っているため体育祭での使用も許可されるだろう。

 石山先生に申請書とトンファーを渡し終え、教員室を出ようとしたところをミッドナイトというヒーローネームで活躍されていた香山先生に呼び止められた。

「塚内さん。悪いんだけど教室に戻るときにこれを1年生のクラスに届けてくれないかしら」

 それはトレーニングルームの使用方法について書かれたA3サイズのプリントだった。それぞれのクラスということは、ヒーロー科であるA組とB組もということだろう。
 どちらかのクラスに焦凍がいるかもしれない。登校時間にはまだ早いため人もまばらで、そもそも本当に雄英に入学したのかすらも私には分からなかった。

「塚内さん?」

 反応のない私に香山先生が声をかける。
 確証のないことをいくら考えても仕方ない。

「分かりました」
「ありがとう、助かるわ。それじゃあお願いね」

 香山先生からプリントを受け取り、教員室を出た。

 経営課、サポート科と私終え、ヒーロー科の教室の前に来た。
 どちらかの教室に焦凍がいるのかもしれない、と思うとわずかに手が震える。しかしまだ朝早いこともあり、人のいる気配はない。早く渡し終えて自分の教室に戻ろうと、先に緑谷くん達が在籍しているというA組の扉を開ける。
 そこには人の姿はなく、まだ誰も登校していなかったようだ。拍子抜けしたけれど、早くこの仕事を終わらせてしまおうと教卓にA組の分のプリントを置いておく。

「何か用か?」

 後ろから声をかけられ振り向いた瞬間、思わず言葉を失った。
 開かれた戸に手をかけて立っていたのは双子の弟、焦凍だった。
 10年ぶりに見た焦凍の姿は私が想像していた以上に成長していて、10年という時の長さを痛感する。顔の左半分の火傷痕はあの時に比べて大分色が薄くなったように思う。もう痛みはないだろうか。今、轟の家はどうなっているんだろうか。

「おい、」

 焦凍の言葉にはっと我に返る。あまりに突然すぎて、思考が別のところに行ってしまったようだ。
 怪訝そうな顔をした焦凍に頷く。

「これ、香山先生から配布してと言われたプリント。クラスで配っておいてください」
「……分かった」

 不自然にならないように、けれど視線は合わせないようにして焦凍の襟元に視線をおき、香山先生からの言伝を伝えた。
 そういって教室に入ってきた焦凍に会釈をし、教室を出る。
 戸を閉め、深く息を吐く。焦凍なら雄英に入学しているだろうと思ってはいたけれど、実際に顔を合わせてしまうと何も言えなかった。
 私のことを憎んでいるかもしれないと思っていたけれど、どうやらもう私のことなんて忘れてしまっているようだった。もう10年も経っているし、塚内赤音として過ごした時間のほうが長いから仕方のないことなのかもしれない。
 そう思いつつも、心の中のもやもやとして気持ちは晴れなかった。憎んでいてもいいから私のことを覚えていてほしかったなんて、都合が良すぎるだろうか。




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