明日は明日の風がふく | ナノ
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 石山先生が話していたとおり、5時限前の休み時間に体力テストの個人成績表が配布された。評点は全種目満点だったけれど、中学時に比べて記録が落ちている種目もあった。要因を分析してトレーニングメニューを変更していく必要があるだろう。
 成績表をしまい、5時限の授業科目の教科書を取り出す。

「随分余裕だな」

 速見に声をかけられる。手にしている成績表には、強く握りしめたようなしわが出来ていた、彼の体力テストは50m走は他のクラスメイトから群を抜いていたが、それ以外の種目は平均的なものだったように思う。

「特待生は編入なんてできねえから高みの見物するしかねえもんな」
「おい、速見やめとけって」

 速見と一緒にいることの多い男子生徒が彼の肩を掴む。舌打ちをした速見はその手を振り払った。

「自分は俺らとは違うみたいな顔をしやがって」

 そう言い。速見は教室を出て行った。速見の友人達が互いに顔を見合わせ、速見の後を追う。いつもとは違い、余裕のなさそうな速見の様子にクラスメイト達が困惑していた。
 無個性とは違うと言わんばかりだったのは彼の方だというのに。責任転嫁もいいところだ。体力テストの時には堪えていたため息を吐いた。


「あ、赤音ちゃーん!」

 授業が終わり、下駄箱で靴を履き替えていると麗日さんが手を振りながら声をかけてきた。麗日さんの後ろには緑谷くん、蛙吹さん、飯田くんも並んでいた。

「帰るなら一緒に帰ろうよ!」

 麗日さんの言葉に断る理由もなかったため頷く。満面の笑みを浮かべる彼女を見て、自分の頬が緩むのを感じた。

「学生のうちからゴマすりか?無個性は大変だなあ」
「えっ、あの人いきなどうしたん?無個性って何のこと?」

 声が聞こえた方を振り返ると、速見が立っていた。いつも一緒にいる友人達の姿は見えない。
 何も分からないという顔をする麗日さん達を見た速見が下卑た笑みを浮かべる。

「まさか塚内、お前何も言ってねえの?」

 言葉の意味を理解したのか、緑谷くんが息を呑んだ。
 彼を見て確信したのか、速見が笑い声を上げる。

「マジかよ!ヒーロー科の人間も可哀そうだなあ!お前が無個性って知らないで仲良くしてんだからよ!」

 速見の言葉に麗日さん達が瞠目するのを見て、目を逸らす。
 言うタイミングを見計らっていただけでいつかは言うつもりだった。そんな言い訳のような言葉が浮かぶけれど、言葉にならない。

「赤音ちゃん、」
「ごめん、先帰るね」

 彼女達に他の人達のような軽蔑した目で見られたくなかった。
 麗日さんや緑谷くん達と目を合わせないように、履き替えた上履きを下駄箱にしまう。
 歩き出そうとした私の腕を麗日さんが掴んだ。

「な、なんで?どうしたん?」
「もっと早くに伝えるべきだった。本当にごめん」

 嫌われたくないという気持ちと彼女達も離れていくという諦観の気持ちと、相反する思いから保身的な言い訳ばかりが頭に浮かぶ。自分勝手な考えばかりの自分がどうしようもなく情けなかった。
 私達の間に沈黙が落ちる中、速見だけは変わらず下卑た笑みを浮かべていた。
 
「そんな……個性で友達は選ばんし、友達なんてやめんって!」
「そうよ。せっかくお話できるようになったんだもの。仲良くしていきたいわ」

 麗日さんの握る腕とは反対の手を蛙吹さんが握る。
 2人には私への軽蔑の色は見られない。それどころか、心配そうな顔を浮かべていた。
 無個性という弱者に同情し、優しい声をかけてきた人は多くいた。しかし彼らの目に映っているのは私ではなく、弱者を助け世間の賞賛を浴びる自分自身。そのために彼らは私を利用しようとし、彼らの考える弱者ではなかった私を非難した。
 けれど、麗日さんと蛙吹さんの目に映っているのは彼女達でも世間でもなく、塚内赤音だけだった。家族以外にも自分を心配してくれる人がいる。そのことが嬉しかった。

「……うん、ありがとう」

 塚内の家に来て、家族以外の前で初めて自然に笑うことが出来た。
 気付いたら速見の姿は見えず、飯田くん曰く舌打ちをしてどこかへ行ったとのことだった。

「もしかして普通科の特待生って赤音ちゃんのことかしら?」

 改めてお茶子ちゃん、梅雨ちゃん、緑谷くんと飯田くんと一緒に帰ることになった。
 梅雨ちゃんの言葉に頷くと、他の3人が驚きの声を上げた。

「えええ!梅雨ちゃんなんで知ってん!?」
「無個性の特待生がいるって入学した頃にちょっとした話題になっていたのよ」
「はえー、知らんかった。赤音ちゃんすごいなあ」
「他の人より勉強が出来るだけだよ」

 何の含みもなく感嘆の声を上げるお茶子ちゃん。なんだか気恥ずかしくて頬を掻いた。

「いや、塚内くん。特待生なんて誰でもなれるものじゃない。もっと誇っていいと思うぞ」
「そうだよ!でも特待生なんて凄いなあ……」
「それを言うなら緑谷くんだって凄いよ」
「そ、そうかな……」

 照れくさそうに頭を掻く緑谷くん。きっと彼はあの海浜公園でのことをお茶子ちゃん達には話していないんだろう。彼は無個性でヒーロー科に合格したのに、ひらけかすこともなく目標に向かって突き進む姿勢は私も見習わなくては。




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