明日は明日の風がふく | ナノ
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 普段は声をかけることでようやく静かになるC組は静かなことに石山先生が瞠目しつつも、プリントを配り始めた。

「それじゃあ今から体力テストについて説明します。種目はそのプリントに書いてある8種目。中学のときもやっただろうからルール説明は省略するよ」

 石山先生に配られたプリントには握力・上体起こし・50m走・長座体前屈・ソフトボール投げ・反復横とび・立ち幅とび・持久走と種目名と、その横に記録するための下線が引かれていた。
 測定値は計測ロボが結果を石山先生の持つスマホに送るようだ。

「それで。中学では個性を使わないで体力テストを行っただろうけど、今回は測定時に限り個性の使用を許可します。人に個性を使ったらその時点でその種目点は0点になるからね。それじゃあ測定開始」

 石山先生の言葉に周囲から歓声が上がると共に、視線を感じた。石山先生が折りたたみ椅子に座ったのを見て、それぞれ測定場所へ向かう。

「さっきはあんな偉そうなこと言ってたけど、せいぜい無様に頑張ってくれよナードちゃん」

 すれ違いざまに速見がそう呟いた。


 体力測定をしていると、歓声が上がり後ろを振り返る。速見が50m走で4秒台を出したようだ。彼の個性を考えれば妥当な記録だろう。
 私の視線に気付いた速見が下卑た笑みを浮かべて自身の足元を指している。私もやれ、ということだろうか。
 測定をし終えた握力計を戻そうすると、他の男子生徒が取り上げた。

「さっさと行けよ特待生。って……え?」


「おい、誰がコイツと走るよ?」
「じゃあ俺がやるわ」

 速見がレーン周りにいたクラスメイト達に尋ねると、1人の男子生徒が手を挙げる。
 彼の個性は水を操作することのできるものだけれど、どのように活用するんだろうか。

「個性使わなくたってナード相手なら余裕っしょ」

 男子生徒の言葉に周りが囃し立て、彼はそのままクラウチングスタートの姿勢を取った。ヒーロー科を志望していたのだと思ったけれど。石山先生がなぜ個性の使用を許可したのか、考えていないんだろうか。
 他の種目をしていた生徒達も動きを止めて、私と彼に目を向けた。
 早くしろと急かされ、同じようにクラウチングスタートの姿勢を取り、まっすぐに前を見据える。

 用意、という計測ロボの掛け声の後に旗が振りあげられた。


『5秒53!!』

 結果は前回よりわずかに記録が上がっていた。プリントに数値を記録しながら上がった要因を頭の中で挙げていく。

『7秒57!!』

 隣のレーンで走っていた男子生徒がゴールする。息を切らせながら、目を見開いて私を見た。

「ハァ…ハァ、っ嘘だろ……」
「使える個性があるのに使わなかったのは君だよ」

 他にもスタートのフォームが正しくなかったことや腕の振り方もあの結果の要因だと思うけれど、わざわざそれを言う必要もないだろう。
 スタート地点にいた速見へ目を向けると、呆然とした表情で立っていた。

「無個性で5秒台とか……」
「おい、さっきの握力測定アイツ67sだってよ」
「ハァ!?チートでもしてんのかよ」

 近くに立っていたクラスメイト達の話し声が聞こえる。
 ここにいる誰よりも努力をしていると自負しているけれど、それでも生家のことを考えるとチートと言われても仕方ないのかもしれない。あの家で過ごした期間は短かったけれど、皮肉なことに見た目や身体能力の高さは兄弟の誰よりも実父に似ているといわれ、それだけに期待は大きかった。
 だからこそ無個性だと知ったときの反動も大きかったんだろう。


「はい、皆お疲れ様。結果は5時限の授業の前に個人成績表を渡すから。さて、今回個性の使用を許可して体力テストを受けてもらったわけだけど、なぜだかわかる人は?」

 体力テストも終わり、集められた生徒達の前で石山先生が話している。先生が尋ねて生徒達を見るが、誰も答えようとしない。

「……まぁ遊び半分くらいに捉えているのも何人かいたけど、理由としては2つ。1つは自分が個性をどの程度扱えているのかその限界はどこなのかを把握してほしかったということ。中1の時の一斉診断が最後って人も多いと思うけど、個性は使えば使うほど伸びるものだからね」

 遊び半分、という言葉に何人かが体を強張らせる。
 個性は身体機能の1つであるという考えに則れば、先生の言っていることは理に適っている。

「そしてもう1つは、雄英にはヒーロー科への編入制度が存在する」

 その言葉に生徒全員が顔を上げた。
 この編入制度はヒーロー科に行けなかった生徒にとって最後のチャンスなんだろう。

「2週間後に行われる体育祭の結果はヒーロー科編入を検討する指標の1つになる。体育祭では個性の使用が勿論許可されているから、このテストはそのための予行練習だったと思ってもらっていい。体力テストじゃ不利な個性の人もいるけど、個性だけじゃヒーローは務まらない。ヒーロー科編入を目指す生徒は何が自分に足りていないのか、改めて考え直すこと。それじゃあ、もう教室に戻っていいよ」

 そう言って先生は立ち去ったが、いつもなら先生に言われる前に話し始めるクラスメイト達は、誰も言葉を発することなく真剣な表情をして体力テストのプリントを見つめていた。




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