今日は母がお弁当を作れず、初めて食堂を利用することになった。申し訳なさそうにする母だったけれど、たまには休んでほしい。
　学校説明会では食堂も案内されたが、その時は学生が利用していなかった時間だったため、昼食時の人の多さには目を見張るものがあった。
　定食と書かれた列に並び、受付で日替わり定食を受け取る。受け取ることはできたものの、どこも満席で座れるところがない状態だ。空いているように見えた席は。友人のために場所取りをしているものらしい、また利用する機会があるかは分からないが、事前に場所取りをするべきだと覚えておこう。
　とにかく、昼食を食べようにも座席が無いので、いつもの教室近くのフリースペースで食事をとっていいか受付で尋ねようとしたときだった。

「つ、塚内さん！」
「緑谷くん」

　声の聞こえたほうを振り向くと、そこには私と同じように学食のトレイを持った緑谷くんが立っていた。駆け寄ってくる緑谷くんに、なんとなく懐かしい感じを覚える。

「久しぶりだね」
「ひ、久しぶり。時間割が違うから中々会えなくて……塚内さんもこれからお昼なんだね」
「そのつもりだけど、どこも満席だからフリースペースで食べようかなって思っていたところだよ」
「そうなんだ。……あ！ちょっと待ってて！」

　そう言うと、緑谷くんは眼鏡をかけた男子生徒と、女子生徒のもとへと走っていった。親し気に話している様子から、おそらく彼らもヒーロー科の生徒だろう。
　しばらくすると、緑谷くんと先ほど話していた2人の生徒が一緒に戻ってきた。

「塚内さん、もし良かったらなんだけど僕らと一緒にご飯食べないかな！」
「気持ちは嬉しいけど、迷惑じゃないかな。それにこんなに混雑しているから席も見つけづらいだろうし」
「それなら心配はいらない。クラスメイトの蛙吹くんが席を取っておいてくれているんだ」
「そうそう、迷惑なんて気にしなくていいよ！私、他のクラスの子と話してみたかったんだよね。あ、早くしないとご飯冷めちゃうよ！行こ行こ！」

　そう言った女子生徒の後を男子生徒が続いて歩いていってしまった。
　残された私と緑谷くんの間に沈黙が流れる。

「あの、無理に誘ってるわけじゃないんだ」
「うん……じゃあ、一緒に食べてもいい？
「う、うん！それじゃあ行こう！」

　誘ってもらって、感謝をするのは私のほうだというのに、なぜか緑谷くんのほうが嬉しそうにしていた。


「デクくーん！こっちこっちー！」

　先ほどの女子生徒が緑谷くんに向かって手を振っている。先ほどの2人の他に長い黒髪の女子生徒が座っていた。
　デク、というのは緑谷くんのあだ名だろうか。木偶、とあまりいい意味だとは思えないが、緑谷くんは気にした様子もない。

「あなたが緑谷ちゃんのお友達ね。良かったらここに座って」

　そう言うと黒髪の女子生徒は隣の空いた席を軽く叩いた。緑谷くんは眼鏡の男子生徒の隣に座ったため、その女子生徒の隣の席に着く。
　そういえば、家族以外の人と集まって食事をするのは給食制だった小学校以来だ。

「ねぇ！名前なんて言うの？あ、私は麗日お茶子。よろしくね！」
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「1年A組、飯田天哉だ。よろしく」
「普通科C組の塚内赤音です」

　緑谷くん以外の3人から挨拶をしてもらい、挨拶を返す。

「赤音ちゃん、よろしくね」

　家族以外の人に名前を呼ばれるなんて、いつぶりだろうか。個性が発現する以前の頃しか覚えがないから、なんだか少しこそばゆい気持ちがした。

「そういえば、赤音ちゃんとデクくんって同じ中学出身なの？」
「いや、彼が海浜公園の「うわああ！」」
「緑谷くん！？一体どうしたんだ！」
「あ、いや、その……ごめん」

　そう言って緑谷くんは頭を掻きながらも、何かを訴えるように私に目を向けた。
　そのことは言うな、ということだろうか。

「……中学時代に、緑谷くんとは何度か話す機会があってそこで知り合ったんだ」
「へぇー。そうなんだ」

　納得したように頷く麗日さん。緑谷くんは安堵したように息を吐いていた。

　その後、彼らの話は午後のヒーロー科特有の科目の話題に移り、気づいたらもう昼休みも終わりの時間になっていた。こんなに誰かと一緒に昼休みを過ごしたのは初めてのことだった。
　食堂を出る前に緑谷くん達と連絡先を交換する。家族と昔からの知り合い以外の名前が登録されるのは初めてのことだった。
　結局、緑谷くんには無個性だということはまた話せなかった。クラスでの自己紹介の時には話せているのに、彼には知られたくないと思ってしまう自分がいた。

← →

back


.