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「名前さぁ、相澤さんとはいつ結婚するの?プロヒーローとはいえ、もう10年経ってるんだからそろそろなんじゃない?」

 親友の言葉に箸を進めていた手を止めた。彼女いきつけの居酒屋は個室のように仕切られていて、静かな空間に彼女の言葉がよく響いた。
 そうか、あの時からもう10年か。それは、私が10年間彼を縛り付けているという意味だった。円満にお付き合いを続けていると思っている彼女になんて返そうか悩み、苦笑した。

 高校2年生の時に恋をした。ヒーロー科の1つ上の先輩だった、相澤消太さんに。
 普通科にいた私がヒーロー科の消太さんと知り合えたのは同じ図書委員だったからだ。怖い人という噂もあってはじめは緊張していたけど、あまりおしゃべりじゃないだけでとても優しい人だった。1年2年と、偶然同じ委員当番になったときに、お互いの好きな猫の話とか消太さんの友達の話とか。そんな他愛もない話をするのが好きで、消太さんのことがもっともっと知りたいと、惹かれていった。3年生の図書委員の任期が終了して科の消太さんとは会うことはなくなったけれど、それでも会えたらと、猫背気味な消太さんの姿を探していた。
 そして、消太さんが卒業してしまうまで数えるほどになったあの日、図書室の隅で数人の女の子たちが窓の外を眺めているのが見えた。そこは告白スポットとして知られる場所で、きっと彼女たちは告白している子の友達だったんだろう。一年生の頃から見ていたし、彼女たちの声が大きかったことが気になって野暮だけど注意だけはしておこうと思った。告白されている消太さんの姿を見るまでは。
 ヒーロー科の生徒だし、噂が独り歩きしてしまっているけれど実は優しい人だから、告白されていても何も不思議じゃないと思う。でも、消太さんが告白されている姿を見て胸が苦しくなった。
 女の子達の残念そうな声と友達を心配する声に告白がうまくいかなかったこと知り、心の中でホッとしてしまった自分に言葉を失った。
 自分だけを見てもらいたい。たとえそれが個性によるものだとしても、他の人が消太さんと一緒になるくらいなら。そんな衝動的な思いで私は個性を使ってしまった。“魅了”という個性を。

 私の個性“魅了”は目を合わせた人の私への好意を操ることが出来る。そこに相手の意思は関係ない。
 母は言った。最後に辛い思いをするのは自分だ、と。あの日から10年経った今でも抜けない棘のように胸に刺さったままだった


「……名前?」

 私の名前を呼ぶ親友の言葉にハッと意識を現実に戻す。何の話をしていたんだっけ。……あぁ、結婚の話だ。
 私は消太さんへの負い目があるから結婚なんて考えてなかったし、消太さんからも結婚の話もない。それどころか、ここ半年は連絡も数えるほどしかしていない。本当に付き合っているのかなと思ったけれど、そもそもまやかしの恋なのだからそう思うこともおかしいなと思った。

「結婚でしょ?うーん……消太さんも先生になったばかりで忙しいみたいだから……」
「ほんっとアンタはもう……!今日は素面じゃ帰さないわよ!ほら名前も何飲むか選んで!」

 苦笑する私に乱暴にメニューを向けつつも話題を逸らしてくれた親友には感謝しかない。
 もう終わりにするべきなのかもしれない。涙が出そうになるのを堪えて、笑みを作った。
 そして親友の宣言通り、私たちは久しぶりに若いころのようにお酒を飲んだ。辛いことも悲しいことも、全部忘れて明日には元通りの生活を送れるように。

 どのくらい経ったのだろうか。心地よい揺れと共に、ふわりと私の好きな香りが鼻をくすぐった。これは消太さんの匂いだ。

「……え?」
「起きたか」

 目を覚ますと、私は車の中にいた。隣を見ると、視線は前を向いたまま車を運転する消太さんがいた。
 さっきまで私は親友と一緒にいたはずなのに、どうして消太さんの車に乗っているのだろう。

「久しぶりの親友との再会が嬉しかったのは分からなくもないが、いい大人が前後不覚になるまで飲むもんじゃないだろ」

 消太さんの言葉に目を逸らし、まだはっきりしていない頭で思い出す。そういえば親友がどこかに連絡をしていたのを見た気がする。その後は眠ってしまって覚えていないけど、まさか消太さんに連絡していたなんて。久しぶりに会えたというのに、みっともないところを見せてしまった。消太さんに会えた喜びよりも申し訳なさが勝る。
 ラジオも音楽もない車内に沈黙が落ちる。そこには恋人らしさのかけらもなくて。そこまで考えたところで、そんなことは当然だと自分に嘲笑する。
 だってこれは私が作りだしたまやかしの関係なのだから。
 もう早く解放してあげるべきだという気持ちと、偽物でもいいから消太さんの傍にいたいという気持ちがぐるぐると渦巻いて、どうしようもなくて涙が込み上げてきた。我慢をしなくてはと思いつつも涙がこぼれ落ちて、そのあとは堰を切ったように涙が溢れ出してしまい、消太さんが驚いたように私を見た。

「すまん。責めてるわけじゃない」
「違うんです。ごめんなさい」

 私は、この人を困らせてばかりいる。
 もう終わりにしよう。消太さんを解放しなくては。それが私がこの人に唯一してあげられることだから。

「消太さん。もう私とわ、別れてください」
「……」

 消太さんは何も言わないけど、私は彼に全てを話した。
 消太さんが私を好きになってくれたのは『魅了』の個性によるもので紛いものだということと、10年もの間私に付き合わせてしまったことへの謝罪と。嗚咽交じりで何を言っているのか自分でも分からなくなってしまいそうだったけれど、それでも消太さんは黙ったまま、車を走らせていた。
 私の住むマンションの前に車が停まる。これで、もう消太さんと会うことはないだろう。そう考えるとまた涙が込み上げてきた。

「送ってくれてありがとうございます。あと、今までありがとうございま――」
「名前」

 車の扉を開けようと手を伸ばしたとき、腕を掴まれた。

「魅了の個性のことはずっと知ってたよ。同じ委員になる前から、1年に洗脳系の個性のヤツがいるって噂になっていたからな」

 消太さんの言葉に目を見開く。そんなこと初めて聞いた。だって、消太さん以外の先輩との付き合いなんてほとんどなかったから。

「魅了の個性持ちが名前って知ったばかりのときは、そりゃ警戒したさ」

 それに、と消太さんが続ける。

「あの告白の日、俺はヒーローコスチュームで行ったのを覚えているか?」

 消太さんの言葉に頷く。
 忘れるわけがない。2年生の普通科で何もなかった私と違ってヒーロー科の最終学年だから消太さんは遅くまで残っていた。
 魅了の個性を私が使ってるところを誰にも見られないように、って私は学校が閉まるギリギリの時間に消太さんを呼び出した。放課後の自主練終わりの消太さんを。

「あのとき、俺も個性を使っていたんだよ」

 消太さんの言葉に目を見開く。
 いつもの雰囲気と違うのはヒーローコスチュームを着ていたからだと思っていたけど、消太さんも消滅の個性を使っていたんだ。

「じゃあ私の個性は効いてなかった……?」
「あぁ」
「じゃあ、じゃあなんで10年も……」
「……」

 消太さんがバツが悪そうに視線を逸らす。

「……ハァー。……別に、結婚をする必要がないと思っていたんだ」
「えっ?」

 消太さんの言葉が飲み込めなくて思わず口から出てしまった言葉に、消太さんが頭をバリバリと強く掻いた。その頬は少し赤くなっている。

「結婚とかそういうの、してもしなくても変わらないだろ。色々手続きとかを考えたらしなくても別に……」

 合理性ばかりを求める消太さんに嫌気を覚えたことも一度や二度では足りないけど、それでも彼のことが好きだった。
 私の個性のせいで消太さんが縛られてるわけじゃないことも分かって良かった。でも、でも、でも、これは……。

「そんな理由で……」

 とまっていたはずの涙がまたポロポロと零れだしてきた。
 今までの私が悩んでいたことはなんだったんだとむなしくなってくる。

「……名前、今まで悪かった。君の友達にも言われたよ。結婚する気がないならさっさと名前と別れろ、名前の人生も考えろってな」
「すいません……」
「いや、彼女の言う通りさ。言葉にしないでも伝わるなんて、合理的じゃないな」

 消太さんが私の手を取り、引き寄せた。

「好きだ、名前」

 消太さんの唇が私のものに触れる。それは壊れ物を扱うような、優しいキスだった。
 告白もキスも体を重ねることも、恋人みたいなことはいつも私からだった。初めての消太さんからのキスに嬉しくて、また泣いてしまった。


 結婚はあと3日待ってくれ、と言って消太さんが車で走り去った2日後、テレビでプロヒーローイレイザーヘッドによって過激派の敵組織が壊滅したというニュースが流れた。全国的に有名だったのもあって、さすがにテレビに流れてしまったみたい。
 その時、部屋のインターホンが鳴る。カメラの向こうには薔薇の花束を持った消太さんがいた。


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